あっちこっちで話題のスーザン・ボイル現象。流行おくれの服を着てグルーミングなどあんまりかまわない、一見場違いな47歳の「いなかのおばちゃん」がひとたび歌うと、奇跡のようにすばらしい歌声で会場を驚愕やら感動やらわけのわからぬ興奮で包み込んだ。イギリスのテレビ番組の話なのに、世界中で有名になり、日本の新聞まで大騒ぎ。

一夜で世界の心をつかんだスーザンのドラマは、彼女のあのルックスが強力な味方になっていたと感じる。誰が見ても美しい女性が、想像通りの美しい歌声で歌っても、あたりまえの感動(というのもなんだが)が広がる以上の現象は起こらなかったのではないか。(外見と歌声のギャップという点では、ジェロ現象にも通じるものが?) スーザンの場合、観客が「失笑」をもらしたほどのルックスだったからこそ、第一印象のマイナス分がプラスに転じ、圧倒的な驚愕と感動のドラマが生まれた。表面的な美しさばかりがもてはやされることの多い現代社会に対するガツンとした一撃にもなっていた。

スーザン現象をみて、つくづく思った。人はやはり外見を無視できないのである。美しけりゃあいいってもんでもないし、マズければそれだけで自暴自棄になる必要もない。外見をいかに味方につけるか、いかに内面と調和させるのか、その度量とか頭のよさとか心の大きさ豊かさみたいなものが、最終的には人の心をとらえる。「さえないルックス」と世間的にみなされる外見をまったく恥じることなく、逆にそれが生む効果を強力な味方につけて一発逆転のドラマを生み、世界中の心を奪ってしまったスーザン。拍手しました。

歌以上に記憶に残っているのが「47歳」という年齢に対する彼女のコメント――「私のほんの一面よ」。47歳という、世間的にはおばさんレッテルを貼られる年齢なんて、女の総合力のほんの一面。世間的にはダメ出しされるルックスも、人間の総合的魅力のほんの一面。そんなものよねっ。すてきなことばを、ありがとう。

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