森岡正博さんの「草食系男子の恋愛学」と杉本彩さんの「いい男の愛し方」を続けて読んだ。

「時代のテクスチュア」の次の章を書くための参考資料として、ひょっとしたら、「草食系男子」vs「肉食系女子」のわかりやすい構図になるかな、などと安易に想定しながら読んでいたのだが、どちらの著者も、自分のこれまでの人生を誠実に振り返ったその延長上に、「ひとりの人間」としての人との関わり方を説く、という同じ姿勢を貫いている。説いている要点も、案外共通点が多かった。きちんとしたことは連載原稿に書くことにして、ここでは響いてきたことばと直感的な感想だけ、ランダムにメモしておきます。

☆「草食系男子の恋愛学」

具体的な接し方を説いた箇所では、慎重すぎ?(だからこそ「草食系」なのでした)と感じたところもあったが、<生きにくい今の日本で、自分を卑下せず肯定して、人にあたたかく丁寧に接し、精一杯今を生き切ることによってこそ、恋愛もついてくる>というまっとうなメッセージが伝わってきた。以下、気になったことば。

・プロセスを楽しむ―今日の目標達成のことで頭をいっぱいにするのではなく、そんなことは頭から振りはらったうえで、いま目の前にいる女性とやりとりをしていくプロセスそのものを、楽しみ、味わっていく。

・あなたの話を聴くことによって、女性が本当に求めているものは、あなたという人間が持っているところの、ものの感じ方や、考え方、想像力の広がり方などを、よりよく知ることである。

・弱くなることによって、男と女はつながっていける。

・話をよく聴いてもらうことによって、愛情が生まれてくるというメカニズムは、性別の壁を越える。

・人間として成長したいと思っていたり、将来に対して夢をもっていたりして、全身からまっすぐに立ちあがる心意気があふれているときに、人間的な魅力が現れる。

・自分と他人をたえず比較して落ち込んでしまうという「心のはたらき」が、その人をモテなくさせている。

・真の自信とは、他人との比較をやめたあとに生まれる、控え目な自足のことである。

・ほんとうは、逃げ続けるのをやめたいと心の底で思っているにもかかわらず、いつも結果的には逃げ続け、そして逃げ続ける自分をいつまでも自己正当化できるようになっているのではないか。その矛盾に気づいていながらも、そんな矛盾などないかのようにふるまっているだけではないのか。恋愛できないことよりもむしろ、こういう自己矛盾の状況に追い詰められていることのほうが、いちばん苦しいのではないか。

・「夢をもつ」とは、自分が一生をかけて取り組んでも後悔しないような何かの活動を将来に行うことをめざして、いまを精いっぱい生きることである。(中略)そのように生きることをとおして、自分のまわりにいる大切な人たちに幸せがめぐってくることを願い、それらの人たちにこの社会を生き抜いていく勇気が分け与えられることを願うことである。

☆「いい男の愛し方」

杉本さんの、人生に対する凛とした美しい姿勢が伝わってきて、すがすがしい気持ちになる。やや「昭和」的な男性観(でもこれこそが今「肉食系」と呼ばれる女性が求めているものなのかも?)も感じたが、「迷った時には、人として美しい道、人としてカッコイイ道を選ぶ」という発想に深く共感する。<小手先のテクニックがどうこうという問題ではなく、人間として真剣に自分を磨き、男とともに成長し続けていくことができる女が、最終的にはすばらしい恋愛をつかむ>というメッセージを伝えている点、「草食系」と相通じるものを感じた。以下、ことばのメモ。

・心からあふれるサービス精神・・・これが気づかいの極意である。

・男に努力させる女の資質が、男を虜にする”いい女の条件”となる。

・人は、理解されることによって不安や緊張感を緩和することができる。

・絶対におろそかにしてはいけない”女の三種の神器”のような大切なものがある。それは、ランジェリー、香り、ピンヒール。

・フェロモンの有無は、男がランジェリー姿を想像できる女であるか否かにかかわっている。

・(男は)ランジェリーそのものにも反応するだろうが、本当に反応しているのは、そういうランジェリーを着ける女の欲求と官能的な内面に、だ。ランジェリーによって表面化した内面の一端、その奥をもっと覗いてみたい、と思うわけである。

・子どもっぽいと大人の可愛いは別ものである。

・ピンヒールでステキに歩くことで、肉体の美しさだけでない、高品質な機能の持主であることをひそかに語っているわけだ。

・計算されつくした自己演出の真の目的は、人と調和することだ。

・私は何かに迷った時、どちらが美しい行動であるか、どちらがカッコイイ行動であるかを考える。上辺だけのことではなくて、そこにともなう精神まで掘り下げて自問する。

・いい意味で人目を気にすることも必要だ。人の目を気にして、何か言われることを恐れ、自分に無意味な制限を設けるということではない。人の目に自分が美しい姿で映りたいという思いから、緊張感を保ち、自分を正すということだ。

・人間のキャパシティと実力が一瞬にして見えるとき・・・それはトラブルに直面したときだ。

・トラブルは、自分の能力や魅力を知ってもらう、いいチャンスなのだ。

・何が起こっても、そこで冷静に落ち着いて対処することで、必ず良い方向に空気は流れてくれる。(中略)対処の仕方さえ間違えなければ大丈夫。小手先ではない、相手を思いやるいつわりのない気持ちにしたがって、精一杯のエネルギーを費やせば、必ずよい選択が導き出せるはずである。

小さな悩みは、自分のエゴを捨てればたいていは解決するものである。自分の利益に執着しすぎたり、損をしたくないとムキになるから悩むのだ。そして、失敗したくないとか、良く思われたいとか、そういう欲をもつから臆病になって悩んでしまうわけだ。

・人間の可愛さとは、結局、素直な心が醸し出すものなのだ。素直な心とひたむきさに、人はけなげな本質を見出す。

・メッキはすぐに剥がれ落ちるのだから、小手先で勝負せず、いつわりのない心で真剣に勝負すべき。それに、そういうつくられたいつわりの可愛さは、まともな女たちにはすぐに見破られる。

・品性というものは、形で捉えるのではなく、その人からにじみ出る価値観や考え方であり、それが時々、形に反映されるだけ。

・上質な思考と、上質な技術が、上質な物を作り上げる。

・上品ぶった人間は、その知性や品性のなさが露呈することを恐れて、その本質を無意識に、あるいは意図的に隠そうと上品ぶるのである。

・エロスとは、敏感な感受性に宿るものである。

・心と体の扉は、あくまでも半開きにとどめておくこと。(中略)ほんの少し、光が漏れる程度に開けておくことだ。光の先が知りたくなるよう、その微妙なさじ加減が、エロスには必要なのだ。

・心以外の、ファッションや発言や行動にも、うまく恥じらいが調合されたとき、上級で上質なエロスは完成される。

5月も終わり。不快なトラブルに見舞われてつらいこともあったが、おかげで内省のよい機会を与えられた。仕事上ではよい出会いにも恵まれ、環境もリフレッシュできて、中身の濃いひと月をおくることができた。見守り、助けてくださった、多くの方々に感謝します。

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