敬愛するダンディのひとり、ノエル・カワードは、見えるところではひたすら優雅に、でも水面下では必死に、小さな足を動かしていた。ファーストクラスの人生の旅人を演じたが、途中、何度か倒れざるをえないほど死に物狂いで働いていた。この人のすばらしさは、そんな苦労をみじんも表に見せなかったことにある。あ~かっこいい・・・。こうありたい、とひたすらあこがれる。

苦労や努力を表に見せないカワード主義の信奉者ではあるが、ときどき、まったく見当違いで理不尽な中傷を受けたりすると、「すいません、誰にも迷惑をかけないようにはしているので、せめて悪口を言わず、嫌いなら大人の態度で無視してくださいませんかね?」と言いたくなることもある。万人にほめられようとは夢にも思わない。せめて、お嫌いだったら、そんな嫌いな私などにはかまわずに、ほっといてくれませんか、と言いたくなることもある。私など、世の中に対して何の影響力もない売れないもの書きである。

朝2時に起きて仕事をはじめ、5時半になったら子供たちのための弁当と朝ごはんの準備をする。8時過ぎに子供たちを学校へ送り出した後、ひととおり家事をして、10時から15時までの間に、取材や調査やインタビューなどを集中して片付ける。それ以降はまだ小さい次男と全面的に向き合っておけいこごとや遊びなどにつきあう。夜はよほどのことがないかぎり、子供たちと一緒に過ごし、万一、泊りがけの仕事があったら、飛行機で実家まで行き子供を託し、とんぼ返りで仕事をこなしてとんぼ返りで迎えに行く。自分のための休日などここ数年、一日もない。フルタイムで終身雇用の安定した仕事をオファーされたこともあったが、子供と過ごす時間を最優先し、結局、魂がちぎれる思いで泣きながら辞退した。ほんとうに綱渡りのようなぎりぎりの毎日を送りながら、プロとして言い訳無用の仕事をするため、教師として堂々と笑顔で学生さんの前に立つため、母として子供たちにさびしい思いをさせないよう、倒れる寸前の努力を重ねる。誰かを傷つけるようなことや、誰かに損害をもたらすようなことは、決してしないように、細心の注意を払い続ける。

それでもなお、心無い人は、まったくご安全な立場から、足をひっぱる罵詈雑言を好き勝手に浴びせかけて悦に入っていらっしゃるのである。気にしないことには決めたが、ふと気がゆるんだ拍子に、人間不信に陥って底のない落ち込みに沈んでいく。この「しょうもない輩が消えない日本の現実」となんとか折り合いをつけていかねばならないのだが、まだまだ心の修行が足りないのかな、とも思う。他人の行動も心も支配できないとなれば、こればっかりは、自分の心のコントロールの問題である。

いったいどれほどの努力をすれば報われるのか。報われようと思うことじたいが間違いなのか。ただただ今日を生き延びるために死力を尽くすミーアキャットが、心底うらやましくなる。

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