朝日新聞be欄の磯田道史さんの「この人、その言葉」より。今回は内田百閒先生の紹介。日頃漠然と感じていたことにすっきり答えを与えてくれるような名言だった。

「学問はむしろ忘れるためにする。はじめから知らないのと、知ったうえで忘れるのでは雲泥の差がある。学問がその人に効果を発揮するのは忘れたあと。学問をするのにすぐ役立つかということばかり考えるのは堕落の第一歩」

覚えておかねば、とメモしながら、ああこの言葉も忘れていいんだな、と苦笑する。一時でも心にひっかかったことは、そのときに「役に立たな」くても、必ずあとで効いてくる。

高校時代は理数科で、物理や数学や生物・化学の実験や地学の実習ばかりをやっていた。今では定理も公式もすっかりキレイに忘れてしまったのだが、文を書く上でも、数学の証明の訓練が効いているなあ、と実感することがある。数学の先生は、ごくシンプルなのに奥行きのある正解を書いた生徒には、「エレガント!」とほめてくれたものだが(そうじゃないごちゃごちゃした回りくどいのは「エレファント」)、たどりつきたいなあと夢見るエレガンスの理想郷の原イメージがまさにそこにある。

ただ、感動を伴わない淡々とした詰め込みは、あまり意味がないような気がしている。「なにをやったかすっかり忘れたけど、効いているよなあ」と今もしみじみと思い返すことのできる「役に立たない学問」は、学ぶ過程で、感情のゆさぶりや感動を伴っていたことが多い。そういう「心に引っかかる」教え方をしてくださった恩師にたくさん出会えたことは、ほんとうに幸運だった。

◇大学のゼミ前期無事終了の打ち上げ。久方ぶりの居酒屋の雰囲気になごみ、笑いに笑って、楽しく過ごさせていただいた。明るくて活発な学生さんたちに恵まれたこともまた「有り難き」幸せと感謝する。

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