◇心に引っかかった記事の、備忘録。まずは23日(木)朝日新聞夕刊の川上未映子さんの「おめかしの引力」より。ヒールの高い靴の魅力に触れて。

「・・・・・・どっちに転ぶかわからないような臨場感もなかなかいいし、何より家から出て外を歩いているんだよという感じがほどよいフィクション感というか緊張感を生むわけで、好きなのだった」。

一方のフラットシューズに触れた文も、至言。

「足の裏を余すところなく使って大地を踏みしめてる感というのがそのまま労働感と責任感を想起させて結びつき、ただただ苦しく、精神的にギブアップ。ああ、地に足がつく安定が不安に転じてあるならば、私の安定はいったいどこにあるというのだろうかナ」。

ハイヒールがフィクション感を生み、フラットシューズの労働感と責任感が精神的に苦痛を生む、というのが非常に共感できる。精神的な苦痛に比べれば、肉体的な苦痛(足がいたい・・・)なんて、なんのその、っていうときがたしかにあるんですよね。

◇24日(金)夕刊の、関ジャニ∞「七人七色」より。村上信五くんの話。

「以前は、雑誌などの撮影でかっこつけすぎて、いま思えばはずかしくなるような時期がありました。・・・・・・(中略)・・・・・・無理していたというか、ある種の勘違いだったと思います。そのことに気づかせてくれたのは、タッキー(滝沢秀明くん)なんです。二人でよう飯いってたときがあるんですけど、あいつは24時間365日、いつもタッキーなんですよ。本人は何も意識していないけど、普通にしていてかっこいい」。

「どうやったらかっこよーなるんやろな、オーラ売ってくれよ、って聞いたことがある。そうしたらタッキーが、ひな(村上くん)はそのまま自然なのが一番かっこいいみたいなことを言ってくれた」。

ありのまま以上のものに見せよう、というセコさこそが、人を醜くつまらない存在にしてしまうんですよね。「少しでも目を大きくかわいく見せよう」という表情がぞろぞろ並ぶ雑誌を見ていると、どうにも気持ち悪くなってくるのも、おそらく、そういう理由による。

自戒をこめて。

◇「忘れようとしても、覚えていない

「ピラメキーノ」を何気なく流していたら、耳経由で心に刺さったことば。そういう人に、私はなりたい・・・・・・。

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