気になっていた言葉の覚書き。

◇高村薫さん『太陽を曳く馬』にちなんだ記事「言葉からの自由求め」より。朝日新聞8月1日(土)。

「生きていることの実感は、他者と向き合うことで可能になるが、それと他者を理解できることとは別の問題。現代に生きる実感はむしろ、理解できない他者と向かって生きているという実感だと思う」。

「現代では出来事は固まりとしてそこに放り出されている。あとはそれをどういうふうにどこから眺めて言葉にしていくかが問われる。(中略) 言葉にできない世界を小説という言葉で作っていくのは、彰之の『問い続ける』ことと同じで、一つ壁を立て、次に柱を立て、建築する行為そのものが小説になっていくのかなと思う」。

高村さんの写真がまたかっこいい。まっすぐで、虚飾なんか通用しそうもない迫力のまなざし。求道者のようでもある。

◇同日夕刊、89歳で作家デビューした九木綾子さんの談話「規矩ある生と出会う」より。

「塔を建てた番匠たちは『規矩(きく)ある生き方』をしたのだと思います。塔を建てるには何万個もの部材が使われます。それぞれの材木の性質を見極め、切り、削り、磨き、組み上げなければなりません。(中略) 同様に番匠たちは自身の人生においても、自らのコンパスとモノサシを使って、持って生まれたものを測り、なすべきことをしながら生きたのだと思います」。

取材に14年、執筆に4年かけて89歳でデビュー。世間の時間のモノサシではなく、自分の時間のモノサシを使って「なすべきことをなした」九木さんが、まぶしい。「規矩」。いい言葉である。

◇村山由佳『夜明けまで1マイル』(集英社文庫)より、直樹のセリフ。

「自分より才能のある女となんか、うまくやってけると思うのかよ」 (中略) 「それがもし、お前が欲しくてたまらなかったものだとしたら? それでもあきらめがつくか? 相手がどんどん先へ進んで、置いてかれるように思えても、お前は卑屈にならないでいられるのかよ」。

たぶん、多くの男性にとっての率直な感覚であるのかもしれない。村山さんは、20歳前後の男の子のあやうくて青いたたずまいを、なかなか魅力的に書く人だ。

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