浅田次郎『つばさよつばさ』(小学館文庫)読み終える。JALの機内誌に連載されていた、旅にまつわるエッセイが書籍化されたもの。

浅田エッセイのディープなファンなので、心底楽しんだことはまちがいないのだが、正直言って、自分自身も機内誌(ANAのほう)に連載していた身、あまりの格の違いというか、自分の仕事は本になるなど望むべくもないのに、浅田先生の連載は確実に何冊もの書籍として豊かな「実」になっているというシビアな現実に、かすかに落ち込む。

まあ、比べるってのがそもそもの間違いである。以下、「うまいっ!」と思った表現のメモ。

「さる経済通の内緒話によると、紙幣の肖像画は多少イヤな感じのする人物のほうが手離れがよくなり消費活動に寄与するらしい。ただしこの話は冗談と思いたい。しかし言われてみれば、私は樋口一葉の五千円札が手に入ると、財布に暖めるまもなくすぐに使っている」

「取材の旅に出たとき、私はメモの一行も書かず、写真の一枚も撮らない。ひたすら漫然と、行き過ぎる風物に浸る。のちに筆をおろすとき物を言うのは、おのが目で見、耳が聴き、心に感じた印象のほかにはありえぬからである。

「私がラスベガスに通う目的は、一にかかって自己の喪失である」

「私は英語がしゃべれないのではなく、英語を使用するフィールドに臆しているのではないだろうか。だから自分のフィールドだという自覚のあるカジノでは十分な会話ができ、そこを離れてしまえば言葉が出なくなってしまう」

思わずにんまりとしてしまう浅田節を堪能。たっぷりとした読後感とともに本を閉じる。身を振りかえれば30年書いてまだ下積みに毛が生えた程度、いつの日かあのレベルの足もとに届くのかどうか。

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