坂東眞理子さんから新刊『美しい日本語のすすめ』(小学館101新書)をお送りいただく。2年前に福岡でパネルをご一緒して以来のご縁で、たまたま高校・大学の大先輩でもある。いつもおだやかににこにこしていらっしゃるが、重責とともにあるハードな仕事人生を丁寧に積み重ねてますます大輪の花を咲かせている。その陰に並ならぬ努力と気配りがある。こういう「ホンモノの大人」を見ていると、自分のあまりの甘えっぷりが恥ずかしくなってくる。

この本も「品格」シリーズと同様、誰にでも読みやすいやさしい表現で書かれているが、実はビシバシ厳しく精神的な自立を促し、ことばの使い方を通して「大人」になるための自覚を促す本である。

「アサーティヴであるためには、自分の言いたいことを伝える努力を放棄しないことが大切です。『話し下手だから、わかってもらえないのはしょうがない』『相手がああいう人だから、話が伝わらないのは仕方がない』 こんなふうに思ってしまう人は、自分に甘えすぎています」

・・・・・・まさしく私に向けられた叱咤、としてぐさりとささる。話が下手だから、と開き直る。これって伝える努力を放棄しているのと同義であった。準備と練習が足りない。相手についての情報収集を怠る。まさしく甘え過ぎであった。坂東さんは「美声にはほど遠い」という自覚のもと、ボイス・トレーニングまで受けたという。「才能がない」とか「自分にはできない」というのは、単なる言い訳、ただの甘え。その先へ行こうとすれば、壁越えするために必要な努力はやるべき。努力しないんだったら、まさしくそこに「甘んじて」いればいいだけの話で、安全圏に居直りながら、壁の向こうに行っちゃった人のことをとやかく言ったりするのは筋違いというものだろう。

また、「ほめ言葉の男女格差」の指摘は興味深かった。地位も権力もある男性は、外見や表面的なことをほめられると喜ぶ、という観察。

「女性は内面に目を向けてもらえず、能力を軽んじられていることがコンプレックスになっているので、仕事の内容をほめてもらう方がうれしい。それに対して、男性は外見をほめられたことがなく、自信がないので、外見を認めてもらえることがうれしい。そのために、外見へのほめ言葉が深いところに到達するのです」

・・・女性も外見をほめてもらうとうれしいこともあるだろうから、一概には言えないかもしれないが、たしかにこれは、一つの真実かもしれない。地位の高い男の人ほど、身につけているものの趣味のよさを認めてほめると、こちらがアセるほど喜んでくれることがある。

平易なことばで誰にでもわかりやすいように書く。こういう仕事を軽んじていた時期もあったが、たぶん、そんなスノッブな考え方も甘えでしかないのかもしれない。そういう伝え方にもまたそれに応じた自覚的な努力が必要になるのだから。坂東さんはそこを「大人の」努力でやってのけて、越えた。

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