仕事で鹿児島。着陸間近に機内から見える森や林の迫力に驚く。見たことのない日本はまだまだたくさんある。

移動中に島田雅彦『小説作法ABC』(新潮選書)読み終える。小説を書き始めるための手ほどきとして読めば、ダイエット本とおなじで、「その一歩ができないんだよなあ・・・」ということになるが、ものを書くこと全般に対して参考になる考え方が多かった。さらに、ところどころに島田さんの同時代作家に対する見方が述べられているのだが、これがピリッとスパイスや少量の毒をまぶしてあったりして、にやりと笑える。とくに印象に残ったところをメモ。

「私小説作家には、どこか修行僧のようなイメージがついて回ります。おのが罪悪や煩悩を見据え、それを懺悔するために書いているように見えるからでしょうか? 車谷長吉は『悪人になること、他人を犯すことが小説家になることだ』といい、玄侑宗久は書くことは『祈り』だという。罪深さを自覚しながら、神や仏に救いを求めるという態度について回る胡散臭さも芸のうちでしょう」

「脳の中の曖昧な想念が極めて精緻に他人に伝えられるマジック。それこそが文学の醍醐味です。この技術をさらに磨きあげれば、自分が見た夢を他人に鮮やかに伝える技術だって可能になるでしょう。技術革新にまだ可能性がある限り、『文学の終焉』をわざわざ自己申告する必要もないでしょう」

「村上ワールドは理想化された日本の箱庭でもあり、いかにアメリカを自国に取り込み、無害化するか、そのノウハウを示すモデルにもなっています。今後のアメリカとの付き合い方が自分たちの未来を実質的に左右することになるロシアや中国で、村上春樹が流行るのはそうした事情によります」

「なぜ韓流ドラマにおいて記憶喪失というテーマは頻出するのでしょうか。そのひとつの答えが、韓国には徴兵制があるから、ということになろうかと思います。(中略)二年半はけっこう長い。それまでの人間関係や生活スタイルや恋愛が、一旦断ち切られる感覚を持つはずです。ある種のワープをしたかのような、断絶の体験。青春の中断。とすれば、徴兵制のメタファーとしての記憶喪失が、物語に入ってくるのは当然ではないでしょうか」

「刑期があっていずれ出所できる囚人と、死刑囚とを比較すると、死刑囚の方が創造的なものを作るそうです。ささやかな希望というやつが案外、人を凡庸な思考に導いてしまうのかもしれません。死刑囚のように絶望の底まで落ち込んだら、自分の意識の中に自由を見出すしかないので、否応なく創造的になるのでしょう」

書くことには生きる姿勢がそのまま現れる、ということをあらためて認識させられる。書くからには徹底的に自分と批判的に向かい合う覚悟が必要であると説く、厳しい<道>を指南する本でもある。

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