◇高山宏『かたち三昧』(羽鳥書店)。ひととおり最初から最後までページはめくったとはいえ、「読み終える」なんてこと、恐れ多くてとても書けない(高山本はだいたいそうだが)。おそらく十全には理解しえていないだろうという箇所が大半だからである。とはいえ、退屈なのかといえばその正反対で、絵と知の連想がめくるめくような濃度でぎっしりと詰まるその緊迫の合間に、下世話なつぶやきやらゴシップやらがさらりさらりと入ってにやりとさせる。高山節、健在。かなわないなあ。

18世紀イギリスのエキセントリック(常軌逸脱・賛)、ピクチャレスク(廃墟っぽい荒涼・否定まじりの賛)が生まれた背景に、フランスのヴェルサイユ美学があった、という指摘にうなる。

「何に対する『奇』であり、何に対する『否定』かといえば、同時代フランスのいわゆるヴェルサイユ美学への否であり、奇であった。イデオロギーがフィギュアを決める空間政治学のこの上ない例が、中心から直線が放射状に出ていくヴェルサイユ宮と庭の、そのまま絶対王政というべき構造だった。立憲政体を名誉革命で手にした英国人は、そうなると中心を持たぬ曲線状の園路を持つ庭を造営する」

カタチと美学が政治のアナロジーになる・・・。

そのピクチャレスクの流行がやがて江戸の司馬江漢を巻き込むことになる、っていう、人間のやること考えること、国境などあっさり越えてどこかで蛇の道のようにつながっていくという話に、気が遠くなりつつ感動を覚える。

教養や知を表わすフィギュアは円、の話もかっこいい。サイクロぺディアは、「百学連環」(この訳は、種村季弘)。

「『ペディア』の『サイクル』。ペディアは『パイデイア(教養)』というギリシア語だ。教養を積めば文字通り知は『丸く』なり、『円』満な人格骨品に人を陶冶するというわけだ。知の到達すべき円相」

ほかにも、折に触れじっくりと味わい尽くしたい、鮮やかで楽しい知の営みが満載。

それにしてもマイナーな書店(失礼)からお出しになったものだ。本を探すの、けっこう苦労しました。

◇朝日新聞17日付、大江健三郎「定義集」。「未来をつくるブリコラージュ:市民が核弾頭壊す日夢見て」と題されたエッセイ。

アタマよさげな人たちが「ブリコラージュ」と書くのを見てきて何のことかよくわからないでいたのだが、このエッセイを読んではじめて納得できた。

レヴィ=ストロースによる用語としてのブリコラージュとは、「器用仕事、一貫した計画によらず、有り合わせの素材、道具を適当に組み合わせて、問題を解決してゆく仕方」

有り合わせのものをいたるところから総動員して、失敗を重ねつつも、ほつれを直し、時間をかけて、なにかしら満足のできるようなものを作り上げていく。それが器用仕事ということらしい。

大江さんは、こういう「野生の思考」的器用仕事がこれからの平和にとって大切な希望の灯となってくると考えていらっしゃるわけであるが、私は「器用仕事」というその仕事のあり方じたいを知ったことで、なにか気持ちがすーっとラクになっていくような気がした。

あの仕事もこの問題も、がっちりとものものしく構えず、計画を立てるなんて仰々しい真似もせず(だいたい、計画を立てることじたいできないから、永久に本題がほったらかしのままなのだ)、まずはやれるところから器用仕事でやっていけばいいんではないか。という風に。

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