◇8日(火)付け朝日新聞、沢木耕太郎「銀の街から」。「カールじいさんの空飛ぶ家」の評論がよかった。共感とともに、「そうだったのか」という気づきも促してくれた。

10分間、せりふなしに描かれるカールじいさんと亡妻の人生の描写は、たしかにあのシーンだけで泣けるような、心に染みいる美しいシーンだったのだが、「もしかしたら、その十分間によってこの作品のそれ以降の一時間余が支えられているのだ、と言ってもいいかもしれない」とまで。

「最初から最後まで老人が主人公のアニメーションというのはかなり珍しい部類に属するだろう。そんなことが可能だったのも、偏屈そうなカールじいさんには、いつも最初の十分間で描かれた、気弱で夢見る少年の姿が二重写しになっているからなのだ。見ているうちに、足腰の弱ったカールじいさんが、まるで少年のように思えてくる」。

カールじいさんがかつての英雄と戦う羽目になることを、桃太郎の鬼退治に例える、という見立てには、感心した。

「『妄執』によってほとんど『鬼』になってしまったその人物と戦わざるをえなくなるのだ。とすれば、これは、思いもかけず『鬼が島』で鬼退治をする羽目に陥ってしまう老いた桃太郎の話ということになる」。

いい評論を読んで、映画の印象がいっそう深まったような気分。

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