◇朝日新聞28日付、「仕事力」、押井守さんの4回目「味わってもらう技術がいる」より。

「自分の企画で頭でっかちになっていた僕に、彼(プロデューサー)は、『君の思想とかには何の興味もない。映画というのは口に入れた時においしい味がして、最後まで飽きないことが大切なんだ。その中に思想として薬や毒を隠し入れるのは自由にやればいいさ』と言い切った。中に何を入れてもいいから、観客がおいしいというあめ玉として丸めて見せろ、と。その時にやっと僕はわかったんです。世の中が言う才能とは、ちゃんとあめ玉を形作り、最後まで味わわせる才能なんだと」。

それを鍛えていくには、現場に入って、泣いたり笑ったりしながら経験を積んでいくことしかない、と。

仕事に対するイメージを抱きやすい、いいたとえだな、と思ったので、メモ。

◇川端康成『眠れる美女』を、移動の合間に、オーディオブックで聞いている。満員電車でも、脳内はたちまちゆったりとした別空間になる。前半終了。

強制的に眠らされた裸のうら若い美女の隣で、もう人生の先があまりない老人が一緒に寝て、においをかいだり触ったりしながら、これまでの官能的経験を思い出したり、死を想ったりする、退廃的なヘンタイ話のはずなんだけど、使われる言葉がとても高貴で、まったく下品な印象を与えないどころか、人の心の深淵の真実を赤々と見せて陶然と酔わせてくれる。これも、中味はなんであれ上質な「あめ玉」のひとつでしょうか。

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