「ローマ」、ついに最終章まで見終える。アントニーがクレオパトラにおぼれ、エジプト風の衣装を着て、エジプト風の目のまわり黒ぐろのメイクで堕ちていくさまが圧巻。ジェイムズ・ピュアフォイは、「堕ちていく男」をやらせたらすばらしい。ブランメルを演じたときも、凋落っぷりのすさまじさに胸をうたれた。

ありとあらゆる愛憎が、最後にそれなりの決着を見せる。アティアへの呪いをかけて自害するセルウィリアの迫力。おどおどした男の子だったのに、冷酷なまでに冷静で頭良すぎな「第一の市民」へと変貌していくオクタヴィアヌス(母の愛人で自分の政敵である男アントニーを、自分の姉と結婚させる! その母と姉を、エジプトで情婦クレオパトラにおぼれているアントニーのもとへ遣る!)。 プッロがクレオパトラに産ませた子供の顛末。不器用なルシウス・ヴォレイナスの家族への思い。太った「広報官」が、人民に「ニュース」を伝えるその身振りと口調もいちいち楽しかった。細部にいたるまで、丁寧に「個々人の物語」を語りつつ、大きな歴史物語をガツンと伝える。シブい。シブすぎる。物語が長かっただけに、余韻が延々と続く。

オクタヴィアヌスがプッロと再会、「死んだのかと思っていた」。それに対するプッロの答がいい。

「まだ死んでません。今のところは」

戦おうが憎もうが愛そうが呪おうが、金持ちであろうが奴隷であろうが、いずれみな等しくドクロになるのだ、というメッセージが全編を通して常に流れていた。だから何をしても虚しい、っていうのではなくて、だからこそ、「今のところは」全力で情念やエネルギーを解放して行動することが貴重なのだ、と受け取った。

死の描写とともに、性の描写にも容赦しないドラマなのだが、各登場人物の死に際の表情が、「性の歓喜の極み」の表情とほとんど変わらない、という演出にも、唸ったのであった。

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