29日(木)に、佐藤優氏の講座、「マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(岩波文庫)を読む@衆議院第一議員会館」に参加したときの、メモ。公的な記録はあとから書籍にまとまるそうなので、そちらで。ここでは、政治的知識に関しては「ど」素人の、ひょっとしたらどこか誤解もまじっているかもしれない、あくまで個人的に印象に残ったことがらの備忘録。

参加者が順番にテキストを音読しながら、佐藤氏が解説を加えていく。中学校以来の、テキスト音読+先生の解説、という講義形式。新鮮で、あっという間に過ぎた、濃い二時間だった。

佐藤氏の知識の質・量がともかく圧倒的に膨大で、ヴェーバーのテキストもそうだが、佐藤氏のお話も、「当然、知っておくべき教養ないし前提」のレベルがおそろしく高い(というか私のレベルが低すぎるのだろう)。だから正直、お話の内容の半分は十全に理解できていなかったのではないかと思う。でも、わからないなりに、テキストと話の、表層の迫力そのものに引き込まれた。そんなことって、あるのだ。以下、整理できたことのなかから、面白いと感じたこと(の一部)をランダムに。

・二種類の政治家がいる。平和を掲げ、格差や貧困をなくすことを目指す、理想追求型の政治家。鳩山さん、阿部さんが、このタイプ。一方、夢やユートピアを政治に持ち込むのはおかしい、政治家は現実的にやれることだけやるべきで、最小不幸社会の実現を目指す、と考えるタイプ。ゲーテでいえばメフィストフェレス。菅さんはこちらのタイプ。

・負の感情の連帯で、民族はまとまる。「ドイツ国民に告ぐ」のフィヒテ、ナショナリズムの父と呼ばれたフィヒテが、この手法でドイツの民族感情をあおった。悪く扱われた点だけを羅列していって、負の感情をあおり、民族を連帯に導いた。一種の、いんちき。(今でも健在ですね・・・・・・負の感情をあおって、連帯を呼びかけるやり方は)

・世界に悪はあるのかどうか?に関して、考え方は二つある。悪は善の欠如にすぎず、したがって悪は根絶できる、という考え方。一方、悪はそれ自身として自立している、という見方。

・プロレタリアートという言葉に関し、日本では誤解がある。正確には、生産手段をもたず、労働力のみによって生活の糧を得ていくのがプロレタリアート。したがって、高給取りであっても、労働力しかもたないサラリーマンであれば、それはプロレタリア。資本主義の構造にとって、プロレタリアートは「装置として必要」。

・心情倫理と責任倫理がある。心情倫理とは、「正しいことをしている」という純粋な心の中の価値基準にのっとった発想。その倫理に従った結果、どうなろうと、天命を待つばかり。一方の責任倫理とは、行動の結果を予測して、最善の結果をもたらすために今どういう行動をとるべきかを考えること。後者のほうが、成熟した政治家に求められる倫理とも見えるが、ケース・バイ・ケースで、どちらがいいとも悪いとも言い切れないところがある。ただヴェーバーは、こんなふうに書いている―「心情倫理と責任倫理は絶対的な対立ではなく、むしろ両々相俟って『政治への天職』をもちうる真の人間をつくり出すのである」。

・ヴェーバー、最後の締めに力強い名文。「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ不可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略) 人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場から見て―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職』をもつ」。

一週間前に完成したばかりという衆議院議員会館の、議員の部屋も見せていただく。ひとりあたり100平米と広く、セキュリティも万全。ライトアップされた国会議事堂を見下ろす眺望もすばらしい。でも家具は一律、支給品だそうで、秘書の方は「刑務所で使われているものと同じで、ちょっと安っぽい」と不満そうでもあった。税金が使われているので、国民の反感を買わないためには、そのあたりのバランスをとることも大事なんだろう。

くしくも同じ時間、民主党の両院議員総会がおこなわれていた。ヴェーバーの最後の文章を議員の皆様に届けたかった。

ガラス越しなのでちょっとぼんやりした写真だけど、眼下に議事堂。

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3 返信
  1. 小野瀬
    小野瀬 says:

    初めてコメントします。
    小野瀬と申します。
    佐藤さんのことで検索しておりましたら、なんと中野さんに出会ったことに感動しております。
    といいますのも、かつて貴女が経済紙で連載されていた記事が大好きであったからです。
    連載終了から年月が経ちましたが、
    同経済紙の書籍広告欄で著者の名前に
    「中野香織」
    とあると、お元気で活躍を続けられていることをうれしく思います。
    同時に、私もなにか競って、励まされたように気合いが湧いてきます。
    伝えたかったことは以上です。

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  2. 小野瀬
    小野瀬 says:

    お知らせしたかったウェブページを書きそびれました(名前クリックでジャンプします)。
    日時は違いますが、佐藤さんによる同書の講義の模様が再現されています。
    ちなみに、佐藤さんは、いまでは『神皇正統記』という書物を輪読されているようです。

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  3. nakanokaori
    nakanokaori says:

    >小野瀬さん
    コメント、および関連HPのお知らせをありがとうございます。連載ご愛読にも感謝申し上げます。
    勉強会の内容は書籍化されるとのことですが、膨大な情報量、広大な領域をあっちへ行ったりこっちへ行ったりの濃密な内容なので、いったいどのような趣旨の本になるのか…。

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