4日付朝日新聞夕刊「彩・美・風」欄、市川亀治郎さん「異界を住処とするもの」、呪縛力の強い文章に目が釘付けになる。以下その一部をメモ。

「美も醜悪さも、こちらの度肝を抜くくらいのインパクトで迫り来る、それでなくてはならない。此の岸に立つ者の魂を奪い取り、彼岸の果てにある混沌の極みへ連れ去ったとき、はじめて美は、醜悪は、ひとつの真の美へと昇華する」

きわめて下世話な例だが、ベス・ディットーの「美」もこの類の美かもしれない、とつらつら連想する。たぶん、女性誌的な「キレイ」界の基準からみれば「醜」に属するのだろうが、存在の迫力に度肝を抜かれ、混沌の極みへ連れ去られる。そこらへんの「キレイ」など蹴散らしてしまう生命力は、やはり「美」だ。だれがだれだか区別がつかない「キレイ」よりも、一段つきぬけたこっちのほうが、かっこいい。

「美を発見するには、見えぬものを幻視する目、異界の匂いを嗅ぎ分ける鼻、あの世の声を聞く耳を持たねばならない。縄文土器に異様な美しさを見つけ出した岡本太郎は、やはり魔界の住人だったと思う。仏界入り易く、魔界入り難し。魔界に入った者だけが美の創造者たりえる」

魔界への誘い。空気が燃えて見えるほどの盛夏の日差しの下で読むと、ひときわ鳥肌が立つような一文。

3 返信
  1. Ruyi
    Ruyi says:

    中野先生、こんにちは!
    久しぶりにコメントさせていただきます。とても刺激的な内容で、勉強になりました。
    だれがだれだか区別がつかない「キレイ」よりも、一段つきぬけたこっちのほうが、かっこいい。
    同感です。これからも中野先生を見習ってがんばります。
    Have a terrific day!

    返信
  2. nakanokaori
    nakanokaori says:

    >Dear Ruyi,
    あ~…。私を見習ってもロクなものにならないから(笑)。
    ところで、お誘いいただいたフェイスブックはいまひとつ使い方がわからず、ユウレイになってます…。でも、ときどき旧い知り合いから友達リクエストやメッセージが来たりして、むしろ旧交あたために役立っている感じです。

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