◇曽野綾子二冊。『老いの才覚』(ベスト新書)。これまでの曽野さんのエッセイで書かれてきたことが、「老い」という観点から総まとめされている感じ。しゃべりおろしのような、親しみやすい文体で、曽野エッセイ独特のシニカルなところがなく、その点がちょっと寂しい気もする。でも大衆的に広く読まれるには、たぶんこっちのほうがいいのだ。

最後に引用されていた、アデマール・デ・パロスの「神われらと共に」の詩には泣ける。

老年になる前でも、孤独や絶望で苦しんでいる人に、救いになったり、肩の荷をおろしてくれたりするような言葉が随所に。

「孤独と絶望こそ、人生の最後に充分味わうべき境地なのだと思う時があります。この二つの究極の感情を体験しない人は、たぶん人間として完成しない。孤独と絶望は、勇気ある老人に対して、『最後にもう一段階、立派な人間になって来いよ』と言われるに等しい、神の贈り物なのだと思います」

◇もう一冊が、『本物の大人になるヒント』(海竜社)。こっちはさらに初心者向き、というか、日頃本を読まない人向けに、見開きでひとつのありがたいフレーズが書いてある、アレ。インターネットで中身を見ずに買ったので失敗したなーと思ったが、単純でわかりやすい構成ゆえに、ありがたい言葉が、直接、太字で目に飛び込んでくる。

「自分勝手に黙っていることは、一種の暴力である」

「『社交』は人間教育の一つのチャンスである」(→「社会と接触することは、自らを心理的にコントロールする必要に迫られ、それが人間の精神を鍛え、柔軟にする。その柔軟さが学問や事業を達成する場合の触媒作用を果たすのである」)

「友とつき合うことは、心の一部を開くことである」(→「これは通常考えている以上に大切な任務である。そしてその癖は、比較的早いうちから子供につけておかねばならない。それには、父と母が、その手本となり、子供もそこに努力の跡を見抜けねばならない。ちょっと無理して『社交』をした後、やれやれと思ってフトンにもぐり込んで眠る幸せを味わうためにも、人とつき合う時に、少し努めることは悪くないはずである」)

「与えて生きた人は、安らぎのうちに死ねる」

「とりつくろっても、他人を完全にごまかすことはできない」

「褒められても、けなされても、実質が変化するわけではない」

「冷酷さと情熱、この矛盾する生き方を操れればみごとである」

「死にもの狂いで隠さねばならぬ恥などない」

老年の境地と同様、なかなか至ることが難しい「大人」の境地だが、こういう指針がいくつかあれば、先の見通しというか、コントロールすべき心の方向もわかってくる気がする。

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