◇「メンズプレシャス」4月上旬発売号の「御用達大特集」に寄稿するため、橋本編集長、現地取材のライターの方と打ち合わせ。ありあまるほどの情報でぼんやりとしていた「御用達」ワールドが、とりとめなさそうにも見える話を重ねていくうちに、輪郭と本質(かなと思えるもの)が少しずつ明確になっていく。「知っている」から書くのではなく、(書くための準備を含めて)書くことによって学んでいくのだよなあ、とあらためて実感する。今回の「御用達大特集」は「大特集」の名に恥じない豪華な特集になりそうで、一読者としても今から楽しみ。

◇橋本編集長より島地勝彦さんから、と「新潮45」3月号をいただく。島地さんによる小室直樹伝が載っている。経歴、人柄、プライベート、弟子たちへの影響力にいたるまで、具体的にわかりやすく伝わってくる。下ネタもいい塩梅。リベラルアーツの肩身が狭くなり、似たり寄ったりの成功本ばかりがハバをきかせている時代だが、時代に逆行してもリベラルアーツのロマンを語り続けることは決してムダなことではない、とあらためて感じ入る。

◇同誌に掲載されていた内田樹「神の言葉に聴き従うもの」という記事が、がつんとこたえた。心が洗われるような思いで、3度くらい読み返す。言葉が届くとはどういうことか、ということを誠実に熱く説いている。発信者の切迫。受信者に対する敬意。そして最後は、受信者の知性を信頼し、受信者の自己超克の可能性に賭けること。内田さんの切迫、しかと受けとめた(ような気にさせられる)。

3 返信
  1. サラ
    サラ says:

    毎回楽しく有意義に読ませていただいています。NY在住のものですが、今回、”リベラルアーツ”は、どのような意味で使っていらっしゃるのでしょうか。内容としっくりこないので、説明くださるとありがたいです。

    返信
  2. kaori
    kaori says:

    >サラさん
    ご指摘・ご質問ありがとうございます。
    島地さんが小室論の中で使っている「スーパー・リベラル・アーツ」という言葉を受けて、さらっとメモのつもりで書きとめました。わかりづらくてごめんなさい。
    「リベラルアーツ」は立場や人によってさまざまな解釈がなされていることばですね。昨今では、広い視野や複眼的な思考力、正しい判断力を備えたリーダーを育成するための「教養」教育、というとらえ方もよく見かけます。
    その見解にはもちろん異を唱えるものではありませんが、古代ローマでのリベラルアーツには「人を自由にする学問」(非奴隷の学問)というニュアンスがありました。ここで私が「ロマン」を勝手に感じているリベラルアーツというのは、「なにかのための学問」「出世に役立てたりお金を稼いだりすることを目的とする学問」ではなく、「人が、自由人として生きることに喜びを感じられるような学問」のことです。当時は文法、論理、修辞、幾何学、数論、天文学、音楽の自由七科目でした。「もうけ」とか「出世」に即直結する学問というわけではありません。
    小室直樹は多領域にわたる学問を超一流のレベルまでおさめた博覧強記の人で、多くの優秀な弟子も輩出しましたが、極貧生活を送っていました。でも嫉妬のあさましさとは無縁だったそうです。「~のための」学問ではなく、ただひたすら学問の喜びのために学問をしていたような自由人と見え、そこに私はちょっとロマンを感じてしまいました(自分にはムリかなあ、と。笑)。
    小室さん級にリベラルアーツを極めるのは常人には到底不可能ですが、一方、「リーダーになるために」という目的をあまりにも強力明確に設定してしまうと、リベラルアーツからは本来の自由な喜びが失われていくような気もします。そのあたり、着地点を見出すのがほんとうに難しいのですが。
    少なくとも上の文脈においては、「人間が人として自由に生きることの喜びを感じられるような学問」「利益や出世とは無関係に、学ぶことを通して人間としての修養ができるような学問」(その結果、統治者としての資質が備わっていくし、利益や出世も資質にふさわしい形でついてくることが多い)というニュアンスで記しております。
    こういうことを言うと、また「優雅なこった。」と冷笑する人も必ずいるんですけれど(笑)。利益や出世にスピーディーに直結する本しか売れないといわれている現在の状況では、結果があらわれるのに時間がかかるリベラルアーツを学ぶ意義を提唱しづらい、という意味をこめて「時代に逆行」と言ってます。
    まだ言葉を尽くしきれた気はしていないんですけど、あんまり長々としすぎてもかえって迷宮入りになりますね。以上で説明になってますか? 

    返信
  3. サラ
    サラ says:

    kaoriさま
    早速の大変丁寧なお返事どうもありがとうございます。
    私事、アメリカの”リベラルアーツ”の大学で教育に携わっており、日々教育論・教育方法論として、リベラルアーツを考えさせられております。おっしゃるとおり、このところ日本の高等教育を見直す際のキャッチフレーズとしても頻繁につかわれていますね。
    そんな訳で本来の”リベラルアーツ”の意味、また、kaoriさんがロマンを感じていらっしゃるような”リベラルアーツ”の世界を忘れ、結果に結びつくことに私自身がとらわれすぎていた事に、改めて気づかされました。
    まさに、解釈は時とともにいろいろですが、たとえ逆行にも見えてもやはり原点は不動に近いものですから、大切にしたいですよね。
    再度、感謝いたします!

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