「生き残った」という思いを半分申し訳ないように抱いている多くの人の心に、しみじみと届く本物の知識人のことば。大阪大学総長の鷲田清一先生の、大阪大学卒業式における総長式辞。5回、味わいつくすように読む。心の滋養になるような思いがする。

http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/president/files/h23_shikiji.pdf

「いてくれること」、copresence、じっと見守ってくれている人がいるということが、人をいかに勇気づけるかということ。

プロフェッショナルが専門性を十分に生かすためには、専門領域以外のところに深く想像力を働かせられなくてはいけないこと。

誰もが「すぐれたリーダー」になりたがる社会などロクなものではなく、リーダーシップと同じくらいすぐれたフォロワーシップが存在する集団こそ、真に強い集団であるということ。

日々それぞれの持ち場で己の務めを果たしながら、いざ課題が持ち上がればだれもがときにリーダーに推され、ときにフォロワーとなるという、主役交代の可能な、しなりのある集団をめざすべきであること。

フォロワー自身は「価値の遠近法」を備えていなくてはならない。それはすなわち、「絶対なくしてはならないもの」「見失ってはならぬもの」「あってもいいけどなくてもいいもの」「端的になくていいもの」「絶対にあってはならないもの」を見分けられる眼力をもつこと。

もしリーダーに押された時、いつでも「一差し舞える」よう、日頃からきちんと用意をしておくことが大切だということ。

成功する人が備えている三条件に、「愛嬌」「運が強そうなこと」「後ろ姿」がある、と松下幸之助が指摘していること。

「真に教養のあるプロフェッショナル」を目指そうとする卒業生にとって、指針としてこれ以上ない力強いことばであるとともに、今、どういう心構えでこの時を乗り切るかという羅針盤としても、やさしさと慈愛と正しい導きにあふれたことばとして大きな力を発揮してくれる。

大地震と大津波と東京電力原発事故(「福島原発事故」と呼ぶな、というキャンペーンに賛成)を機に、多くの人が、さまざまなことを考え始め、いろいろな媒体で意見を表明し始めている。個人的には、「命はいつまでもあるわけではない」ことを実感し、諸問題が宙ぶらりんになっていた友人、親戚、仕事仲間などに会って率直に話をすることを、仕事の合間に、少しずつ始めてみる。

その一つの旅の途中に立ち寄ることになった江ノ島。半月前に多くの命を奪った同じ太平洋の海とはとうてい思えない、穏やかで静かな海。

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帰宅したら、牛乳屋のおじさんがさりげなく「水」のボトルを届けてくれていた。買えなくて困っていたところを見ていてくれた。やさしさが、染み入る。感謝。

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