鷲田清一『わかりやすいはわかりにくい?―臨床哲学講座』(ちくま新書)。これまで読んできた鷲田先生の本と重複する部分も多々ありながら、やっぱり「知性の王道」だなあ、と思わせる言葉と思想。

ほんとうに大事なことには、「答えがない」。政治上の駆け引き、地域や家族間のもめごと、介護をめぐる問題、子育てをめぐる問題、死、自分は誰かという問い、などなど。答えがないまま、それにどのように「正確に対処するか」が智恵、という前提のもと、その智恵を鍛えるためのさまざまな視点が示される。

白黒はっきり、とか、とりあえず「ベストアンサー」(最大多数の感情)を知って、叩かれないようにそれに従っておこう、とかの薄っぺらい風潮に対し、「それは違う」と大人の立場で諭してくれるこういう方がいるのは心強い。

「大事なことは、困難な問題に直面したときに、すぐに結論を出さないで、問題が自分のなかで立体的に見えてくるまでいわば潜水し続けるということなのだ。それが、知性に肺活量をつけるということだ。目の前にある二者択一、あるいは二項対立にさらされつづけること、対立を前にして考え込み、考えに考えてやがてその外へ出ること、それが思考の原型なのに、そうした対立をあらかじめ削除しておく、均しておくというのが、現代、ひとびとの思考の趨勢であるように思われてならない」。

「わたしたちがとるべきでないのは、周囲(つまりはマジョリティ)の意向を斟酌しあうというかたちで互いに同調を強いる、そういう行動である。それよりもむしろ、自分と他人とがすぐには同調できないという事実、同調できないひとたちがあちこちにいるという事実から出発して、それらをどう摺り合わせてゆくのかという智恵と対話の技量が、何より求められるものである。そういうおのれの瘡蓋をめくるような痛い経験を繰り返すなかでしか、ほんとうの意味での<民主主義>の社会などというものは生まれようがない」。

震災前に書かれた本だが、震災後にいっそう強くなっている「同調圧力」に警告を鳴らし、一面的な「正しい」イデオロギー支配に疑問をさしはさむという点でも、耳を傾けるに値する言葉。

4 返信
  1. shuzo
    shuzo says:

    こんにちは。確かに震災後のうすら寒いポジティブコメントごっこ(特にCMの有名タレント)とそれに伴う同調圧力はいかにも日本的な嫌なものを感じました。しかしビンラーディン殺害にシュプレヒコールを上げて“justice”を言い切ってしまうアメリカには更に看過できないそら恐ろしさをかんじてしまいます。ビンラーディンに一分の理もないのかといえば、彼なりに後進国であるがゆえに、アングロサクソン社会に搾取され続けなければならないアラブ社会を憂いての帰結であったでしょうし、もちろんテロリズムというのは許されざる方法論ではあるけれども、その方法論をとらざるを得ない程に彼我の勢力差が有りすぎることを噛み締めた上でのある種の“諦念”から踏み切った行為であるとかんがえるならば、それは世界中のマジョリティとマイノリティの確執にも置き換えられるわけで、やはりあの『911』を「正義の為」とか「十字軍」とかで語ってしまうアメリカや、そこにさしたるリテラシーもなく同調してしまう日本の報道機関、そしてその一方的な情報を「そんなもんかな」と流し読みしてしまう日本村社会市民の危機感の欠落を感じます。やはり情報は『消費』するものではなく、『咀嚼』し、心のなかに日々とどめて思考し続けるもの、軽率に使い捨てするべきではないということですね。

    返信
  2. kaori
    kaori says:

    >shuzoさま
    まさしくおっしゃるとおりだと思います。
    にしてもあまりにも多い情報量、次々に押し寄せる新しい事件。ひとつひとつ受け止めて考えているうちに溺れて流されそうになるというのも偽らざる実感です。せめて単純な反射だけで何かを声高に叫ぶことだけはしないでおこうとは思いますが……。
    できごとの「意味」がわかってくるためには、ある程度の時間が必要だろうと思います。そのときのためにも、頭の片隅にとどめて考え続けていけたら。

    返信
    • Kaori
      Kaori says:

      >はるかさま
      インプット⇒アウトプット⇒インプット……を意識的に続けるというのは一方法です。
      ビジネス書やハウツーものではない、しっかり編集された本を読み、自分なりの感想を書くなり話すなりのアウトプットをする。
      そうすることで自分の言葉も増えていくかと思います。
      ご自分にとっての最強の方法は奮闘する中で見つかっていくはず。がんばってください。

      返信

返信を残す

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!

はるか へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です