19世紀に大英帝国の拡大とともに世界に広がったのが、英語とスーツとジェントルマン理念。その余波が今に及ぶ。スーパークールビズを考えるときには、「ではそもそもなぜいったい亜熱帯に住むわれわれまでが、寒いヨーロッパで生まれたスーツを着ているのだ?」という原点から見直してみなくてはならないと思うんだが。

英語とスーツとジェントルマン理念のように、言葉と衣装と理念は、完璧と思える三位一体になると、強い影響力を及ぼすことがある。

ここで引き合いに出すのはヒンシュクものと感じる人がいるかもしれないが、「言葉と衣装と理念」が一体になった強力なメッセージとしても心打たれた、盛岡の広告マンらによる「復興の狼煙」プロジェクト。力強いことば、服と表情、そして「被災地じゃねえ正念場だ。」の心意気。被災地に対するウェットな感情を飛び越え、アート作品としても敬意を捧げたくなる。

http://fukkou-noroshi.jp/

ポスターを買えば、義援金となる。

また、ここで一緒にしたら狼煙プロジェクトには申し訳ないかもしれないが、この名(迷)コピーと服とスピリットも、つきぬけている。FBで山口淳さんに教えてもらったもの。メンズナックルなどでやっていたアレが、さらにバージョンアップした感じの、ホストナックル編。

http://matome.naver.jp/odai/2125566699177299415

服+パワフル(すぎる)言葉+スピリットで、無敵なヒトたち。ホストだって生き残りをかけて闘わなくてはならない。中途ハンパでは誰も見向きもしない。「これが人間を超越した先にある奇跡の世界だ」「神の視点でしかオレを理解できないぜ」……た、たしかに。

1 返信
  1. 住吉せんり
    住吉せんり says:

    >英語とスーツとジェントルマン理念のように、言葉と衣装と理念は、完璧と思える三位一体になると、強い影響力を及ぼすことがある。
    NHKのアナウンサーや記者の服装には、確かに見習うことが多い。
    「装束」とも言うべきか、その威力は例えば、人の心を鎮める儀式に顕著である。
    アンチクールビズ=非合理主義
    私は、それで結構である。

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