「民族・信仰・出自を公然と侮辱した」(=ユダヤ人差別発言をおこなった)かどで訴えられているガリアーノの裁判が、パリで昨日おこなわれ、そのリポートが各紙ファッション欄に一斉に掲載されている。以下、数紙から抽出した概要を大雑把にメモ。

もしこの訴えがみとめられれば、6か月の禁錮刑と2万ポンドの罰金が科せられるはずだった。が、この日は7時間におよぶヒアリングののち、3人の判事は9月8日まで判決を保留することにしたという。

ガリアーノは、バーでのユダヤ差別発煙に関しては、「まったく記憶していない」と答弁。というのも彼は、経済的・感情的なプレッシャーにぎりぎりまで押しつぶされ、アルコールとヴェイリウム(精神安定剤)と睡眠薬の三重中毒に陥っていたから。

ネットに流れてしまった例の「アイ・ラブ・ヒトラー」事件に関して、ガリアーノはあの動画に写っている人物は「自分の抜け殻」でしかない、と主張。「あの男はジョン・ガリアーノではない。あれは限界まで追い詰められているジョン・ガリアーノという男の、抜け殻だ」と。2005年に彼の父が亡くなり、2007年に親密な友人が亡くなった後、彼は巨大なプレッシャーにさらされてきたと告白。ディオールのための休みない仕事を続けるため、精神安定剤と睡眠薬を大量にとりはじめた。

「クリエイティブ・ハイの後は必ず、ひどく落ち込み、そのたびにアルコールの助けを借りてきた」とガリアーノ。その過程で、ディオールに巨万の富をもたらしてきた、とも。

ガリアーノは、ユダヤ人差別発言は、こうしたプレッシャーによる三重中毒がもたらした別人格が言ってしまったことで本心から出た言葉ではないことを強く主張。ただ、こうした行為がもたらした混乱に対しては謝罪をしており、アリゾナのリハブで治療を受けてきた。

……というわけで、判決は9月まで保留になったが、「ただの酔っぱらいの言い訳」とはとても思えない重たさ、切実さが伝わってくる。この人自身が、どっちかというと、差別と闘ってきた人なのだ。モードのサイクルは早すぎる。デザイナーをここまで追い詰めるほど早く回して、誰が幸せになるんだろう? (社長だけ?) 天才にもう一度、適度にゆとりのある環境でよい仕事をしてもらいたいと願っているファンは世界中にいるはず。これでつぶされてしまわないことを祈る。

ディオールに空いた穴のあまりの大きさを示すかのように、次のデザイナーがまだ決まっていない。アズティン・アライアにオファーが来たが、プレッシャーの大きさに断ったという(ガーディアン報)。アライアは加速する一方の容赦ないスケジュールに対して、公然と批判しており、ショウをやめて自分のペースでビジネスをしている。

真夏日の仕事の合間には、眼福本でほっとひといき。 ’Icons of Men’s Style’  by Josh Sims. Laurence King Publishing から出たばっかり。josh Simsは英国各紙のファッション欄でよく名前を見かけるライターである。

ブルゾン、ワックスジャケット、フライトジャケット、トレンチ、ジーンズ、カーゴ、ローファー、デッキシューズ、ボクサーショーツ、ブレザー、ツイードジャケット、ボタンダウンシャツ、ランバージャケット、などなどのメンズの定番アイテムが、「やはりこのアイテムといえばこの男だろう」という直球どまんなかのアイコン(映画俳優だったりスポーツ選手だったり貴族であったり戦士であったり)がそれを着ている写真で紹介される。

ブレザーといえばジョージ5世。ツイードといえばジェームズ・スチュアート。ハワイアンシャツといえばトム・セレック。レイバンにトム・クルーズ。といったべたべたの王道も悪くないし、

パナマハットにミック・ジャガー。Yフロントのパンツにマイク・タイソン。ボンバー・ジャケットにフランク・シナトラ。という意外性もまたよし。

マニアックにはずしていくことがかっこいいと思われているフシもあるけれど、このように世界中のだれもが「ついていける」ような定番ワールドが確固としてあるということが、メンズファッションの強みにして面白さでもあることを、あらためて実感する。

定番アイテムの輝きを永遠にするのは、一時であれ時代の波長をリードしたようなアイコンたちで、彼らは没してのちも永く、そのアイテムとともに記憶のなかに生き続ける。古びることなく。つまり、定番服とファッションアイコンは相互に引き立てあって生き続けている。

.序文より。’Men’s styles are variations on a recognizable, well known theme, rather than a new score altogether.’

励ましたいのだが、どう声をかけていいのかもわからない、ということが多々ある。一緒に行動できないならば、偽善的なことばなど、かえってしらじらしく聞こえてしまうのではないかと危惧する。でも、少しでも励みになりたいという思いもウソではない。

被災地で日々闘っている人たち、職を失って、あるいは得られなくて絶望しかけている人たち、重い病気と闘っている友人や知人。

「ニューヨーク・タイムズ」に、<病気と闘っている人に対して言ってはいけないことば>に関する記事があった。10日付。’You Look Great’ and Other Lies. 大雑把に概要をメモ。

言ってはいけないフレーズ、6つ。

1.What Can I do to help you? (患者はそんなこと聞かれたってぜったいに言わない。だまって冷蔵庫掃除してあげるとか、電球変えてあげるとか、さっさと行動しなさい)

2.My thoughts and prayers are with you. (何も考えてない常套句でしかない)

3.Did you try that mango colonic?  (レイシとか、紅茶きのことか、スピリチュアル系の水晶とか、そういうのを勧められても、困るわけだ)

4.Everything will be O.K. (医者の診断や現状と違うことを、部外者に調子よく言われてもなあ・・・)

5.How are we today? (身体が不自由になった患者だからってコドモ扱いするな)

6.You look great. (そう言われれば言われるほど、顔色はよくないのだな、と実感するのが患者)

逆に、言ってもらったらうれしいかもしれないこと、4つ。

1..Don’t write me back. (お礼状とか返事はいらないから、と言われると気がラクになる)

2.I should be going now. (見舞いは20分以下、すみやかにゴミを持って帰ること)

3.Would you like some gossip? (病気の話には飽き飽き。病気とは全然関係のないゴシップって、けっこう楽しい)

4.I love you. (本心からこう言ってもらうと、やはり最高のパワフルギフトになる)

相手の性格にもよっても、関係によっても、状況によっても異なってくると思うが、想像力をどのように働かせるべきかという参考にはなった。逆の立場になれば、同じ常套句をくりかえしくりかえし言われるとたしかにゲンナリするだろう。「心よりお見舞い申し上げます」って、ただ冒頭に書いておけばいいってもんじゃない。形式的な、「自分は礼儀正しい人である」アピールをするためだけのお決まりのごあいさつ文としてなら、もう使うまい。

◇帝国ホテル広報誌「IMPERIAL」第76号。ロイヤルウェディングの世界について書いています。写真がかなり豪華です。機会がありましたら、ご笑覧ください。

字数の関係もあって誌面では割愛せざるを得なかったケンブリッジ公ウィリアムの新郎姿について、ひとことメモ。

青いサッシュベルトをかけた赤い軍服は、彼が名誉職をつとめるアイリッシュ・ガーズの制服。帽子には、アイリッシュガーズの記章がついているが、そこには連隊のモットー、"Quis separabit?"が記されていた。英訳すると "Who shall separate us?"(だれが私たちを別れさせることなどできようか?) 結婚式にはこれ以上ないくらいぴったりのモットーだった。

6月10日に90歳の誕生日を迎えたエディンバラ公フィリップ(エリザベス女王の夫君)。そのスーツスタイルをたたえる記事が、英ファイナンシャルタイムズに。6月3日付、Regally restrained. 記者はマンセル・フレッチャー。

女王と結婚後、60年間の間、「公人」として人前に出てきたフィリップ殿下だが、その外見がなにか批評の対象になったことは、一切なかった。慎み深く、謹厳で、威厳もある。理想的なビジネススーツのモデルとなり続けてきた。シングルのグレーか紺のスーツ、白か淡いブルーのシャツ、シルクのタイと黒い靴、唯一の「装飾」がきりっと折りたたまれた白いポケットスクエア。

完璧に抑制のきいたユニフォームでなんの批判も受けない、ということで、このスタイルは現政治家にも継承されている。デイヴィッド・キャメロン、バラク・オバマ、トニー・ブレア、ニック・クレッグはみな同様のスタイル。サヴィル・ロウのテイラー組合のチェアマン、マーク・ヘンダーソンはこのようにコメント、「フィリップ殿下の装い方には、最高にすばらしい、目立たぬ賢さがある(There is the most wonderful low-key smartness about the way he dresses)」。

殿下のスーツを少なくともここ45年間つくっているのは、Kent, Haste & Lachter のジョン・ケント。1960年代に、ケントがHowes & Curtis にアンダーカッターとして加わり、殿下のトラウザーズをつくったことからご縁が始まる。1986年にケントが独立したあとも殿下のテイラーであり続け、昨年、ケントが現在の会社をはじめたときにはすぐにロイヤルワラントを取得した。殿下の好みは渋め。「シングルのジャケット、フロントは2つボタン、カフスは4つボタン。ベントなし。ポケットにもフラップなしで玉縁かがりのみ。トラウザーズはクラシックでプリーツはあってもバギーなし」。

この40年間の間、メンズファッションは激動期でもあった。ロックンロール、ヒッピーカルチュア、ニューロマンティックを経てヒップホップへという流れがあった。スーツにおいても、アルマーニによる「デコンストラクション」があり、ヨウジ・ヤマモトによる再構成があり、ヘルムート・ラングやエディ・スリマンによる革新を経て、トム・フォードによる70年代風ルネサンスがあった。こうしたあれこれの騒動を横目に、殿下のスタイルで変わったところといえば、トラウザーズのカットをスリムダウンしたことと、ラペルを少し長くしたことだけ。

こうしたパパの厳格さを見て育った長男のチャールズ皇太子は、ちょっとダンディ入っている。ソフトショルダーのダブルを好み、ポケットチーフもカラフルだしパフって入れたりしている。この父子関係は、オーソドックスを好んだジョージ5世の好みに反して、ど派手なスタイルセッターになってしまったウィンザー公との関係を思わせる。

「殿下はカジュアルをお召しになることがあるのか?」という質問に対し、彼のテイラーはちょっと間をおいて、ドライに答える。「熱帯にお出かけになるときには、軽量のコットンスーツをおつくりしました」。

マーク・ヘンダーソンの締め、「多くの点で、殿下は典型的なブリティッシュ・ジェントルマンであり、スタイルは永遠であるということを私たちに思い出させてくれる」。

……以上が記事のおおざっぱな概要。ジェントルマン気質とダンディ気質は、常にささやかに対立しつつ共存していくものであること、あらためて感じ、にやっとさせられる。殿下のような典型的なブリティッシュ・ジェントルマンがかたくなに「模範」を示し続けてくれるからこそ、アンチテーゼとしてのメンズファッションがおもしろくなってくるのだ。フィリップ殿下、90歳のお誕生部おめでとうございます!

◇「サライ」7月号発売です。連載「紳士のものえらび」でトラヤ帽子店のパナマ帽について書いています。機会がありましたらご笑覧ください。

今月号の特集は「美術の見方」。東西の名画がたっぷりなうえに、デスティネーション美術館の紹介も多数。「ベネッセアートサイト直島」とか「霧島アートの森」とか、名高い「自然のなかの美術館」がきれいな写真とともに紹介されているので、しばし脳内旅行も楽しめる。

◇5月の「ニュース」だけどメモ。「赤いソール」のクリスチャン・ルブタンが、YSLに対して4月、訴訟を起こしていた。それに対し、YSLが反論という記事。5月25日付、英「インデペンデント」、You don’t have sole right to red soles, YSL tells Louboutin. 記者はスザンナ・フランケル。

ルブタンは、90年代のはじめに、ネイルラッカーで靴底を赤にすることを思いつき、それがステイタスシンボルとなった、と主張。

YSLは、ルブタンには独占権はない、と反論。赤いソールは70年代くらいからちらほら作っていたし、そもそも歴史をさかのぼれば、17世紀のルイ17世の靴底も赤だし、「オズの魔法使い」のドロシーを家に連れて帰った靴もルビーレッドだった、と。

ルブタンは、YSLが「ほとんど同じ」シグニチャーソールをコピーしたことに対し、YSLに62万ポンドの損害賠償金を要求。ルブタンは40か国で50万足以上を売り上げており、2008年にUS特許庁から特許を受けている。

YSLのオーナーはPPR。こっちも強力な弁護士を用意してくるだろう。この決着はどうなるのか、Let’s see.

日本でも靴底をピンクに塗ったりしているブランドがありますね。赤以外の色だったらOKなんだろうか?とか、グローバルブランドでないところ(ルブタンと競合してないところ)だったら大丈夫なのか?とか、あれこれ考えさせられる。