◇遅まきながら、「文學界」9月号に掲載されていた上野千鶴子先生による最終講義「生き延びるための思想」。

フェミニズムは敬遠しがちだったが、これを読んで上野先生がどのような思いで闘い、いかなる業績を築いてきたのかということの一端がはっきりとわかった。畏敬の念がじわ~っとわき、心が洗われるような思いがする。

最初は最終講義のタイトルを「不惑のフェミニズム」としたかった、と。「最終講義のときに東京大学の構内に出る看板に、『フェミニズム』という文字を載せてもらいたかったからです。その文字の入った看板が東大構内に立つのをこの目で見たかった。同時に、『フェミニズム』という文字の入ったタイトルで最終講義を行うのは、おそらく私が最初で最後であろうというふうにも、予感をしておりました」

上野先生の業績がわかったこと、フェミニズムに対する理解をあらためて得られたことも収穫であったが、それ以上に、「ファッション学」を考えるときにも応用可能な、力強く愛にあふれた言葉を、しかと「バトン」として受け取った気になれた。

「私たちは女性学というものの種を蒔き、それを育て、担い手と聴衆を共に育て、マーケットを作り上げてきました。ですから、学問もベンチャーの一種だと考えれば、ある意味、私は女性学というベンチャーの創業者の一人であったと言ってもいいかもしれません」

「学問の原点にあるのは、『私って何?』という謎です」

「フェミニズムというのは、社会的弱者の自己定義権の獲得運動」

「問題って、あなたをつかんで放さないもののことよ」

「学問というのは、こういう人々の営為が積み重なった『伝達可能な共有の知』」

「女が自分を語ろうとしたときに、語る言葉がなかったときに、女の言葉を悪戦苦闘しながらつくってきた先輩の女たちが、私たちの前にいました。その女たちの言葉が私の血となり、肉となっています。英語で言うと、I owe you. つまり、私はあなたたちのおかげでここにいる。私はあなたたちのおかげで、この私になった。私は彼女たちに恩義がある、ということです。だから恩返しをしなくてはなりません。これが私の40年でした」

「弱者が生き延びようとしたときに、弱者は敵と戦うということをしなくてもよい。敵と戦うということはもっと大きな打撃に自分がさらされるだけだからです。強者になろうとする者は、戦いを選ぶかもしれないが、弱者の選択肢はたった一つ、『逃げよ、生き延びよ』」

「時間と年齢は誰にでも平等に訪れます。かつて強者であった人も自分が弱者になる可能性に、想像力を持たなければならない時代が、超高齢化社会だと思います。私たちは、弱者になるまい、ならない、というような努力をするぐらいならば、むしろ誰もが安心して弱者になれる社会をつくる、そのための努力をしたほうがマシなのです」

……だから何、といま一気にまとめてしまうと、こぼれおちたことのほうに大切なものがありそうで惜しい感じがするのだが。日本においてはファッション学はまだ「ベンチャー」として位置づけることができ、それゆえの可能性に満ちていること。「原点」や「問題」は、「弱者」としての自分から出発していいこと。というか、むしろそれを曇りなく見ることができる目を磨くべきこと。「わかってくれる人だけにわかればいい」のではなく、伝達可能な共有知として抽象化する責任があること。数少ない先人の恩義を忘れてはいけないこと。大きな土俵で闘うことを考えず、生き延びることを考えていいこと。想像力を駆使して社会全体とのつながりを保ち続けるべきこと。などなど。

◇私が「バトンを受け取った」異国の先人のひとりに、ヴァレリー・スティールがいる(まだばりばり現役中だが)。The Berg Companion to Fashion は厚さ4センチを超える「読めるファッション辞典」。各項目がコラムのように読み物として書かれていて、それぞれに参考文献がついている。この言葉の集積の迫力たるや。

2 返信
  1. snoozer
    snoozer says:

    中野さん。はじめてコメントさせていただきます。
    ヴァレリースティールさんは日本のファッションにも詳しく、凄い方だなーと思います。ファッション学はベンチャー!素敵な言葉ですね
    中野さんのファッション学をこれからも楽しみにしています。

    返信
  2. kaori
    kaori says:

    >snoozerさん
    あたたかいおことば、
    ありがとうございます。
    書店に「ファッション」の棚がない
    (あっても着こなしハウツー)
    →カテゴライズできないものを
    出版社がなかなかだしてくれない
    →本が少ないから書店に棚ができない
    のぐるぐるレベルから
    まずは脱却しないと
    お話にならない、
    というところがあります。
    ベンチャーの志ですかね、やはり…。

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