◇朝日新聞30日付「仕事力」。コシノジュンコさんの巻。「素の自分が分かれば、折れない」。

コシノジュンコさんの力強い迫力は尊敬の的。あの落ち着きとかっこよさの秘密は何かといつも思っていたのだが。ここに答えが。

岸和田弁がコンプレックスだったが、その悔しさのおかげで強さを得ることができた、と。「コンプレックスは、人には分からない非常に強い感情なので、自分のオリジナリティーを内側から支える利点を持っているのです。だから逆にはっきりと意識したほうがいい」。

背が高く美しいモデルたちの中に入って仕事をすることも、臆してしまいそうだが、そうではない、と。「コシノジュンコは身長で勝負しているわけではないし、容姿で勝負しているわけでもない。だから私は私、クリエーションが勝負の場所だからと平気な顔ができるのです」。

……これ、理屈ではわかっていても、実際に平気な顔をするのは、けっこうたいへんな精神力が要るのだ。美しすぎる人の谷間に入っていって、すっかり自分を見失ってしまった経験は、何度もある(笑)。やっぱり、ジュンコさんは強い。

そして最後、出会うための直観力について。「憧れを持って生きていると、アンテナが鋭敏になっていき、出会った人にハッとする瞬間があります。『ああ、業界で名の知れた方ね』ではなくて、『自分が会いたかった人だ』と直感するようになる。こういうピンとくる、ハッとするという体験が、ぼんやりとしか分からない『自分らしさ』にスイッチを入れ、自分の知らない自分の目を覚まさせてくれます」。

……これはとてもよくわかる。アンテナを日々鋭くしておくことで、出会ったときにわかる、というか、出会うべくして出会った、というような幸運に恵まれる。それが「運命」と感じられるのは、実はその後しばらく交流が続いたあとで、まさしく、「自分の知らない自分の目を覚まさせてくれる」感覚が走る体験を何度か経たあと、ではないかと思う。

◇友人が、金曜に書いた「マヤ暦最後の日」の話を読んで、「『いまを生きる』という映画を思い出した」とメールを送ってくれた。

そういえば、あの映画のモットーが「Carpe Diem (時をつかめ)」であったことを思い出す。公開時は、Carpe Diemといわれても、理解はできるけれども実感がわかなかったのだが、あの「旧暦最後の日」を経てみた今なら少しわかるような気になってきた。義務を放りだして楽しい夢を追いかけたりすることなど許されない身には、「丁寧さ2割増し、集中度2割増し、のつもりで任務を遂行すること」。地味だけど、これが義務まみれの身にとってのCarpe Diemの具体的方法のひとつ。

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