バーの話を書いていたら、お酒好き読者の方から何冊かお酒まわりの本を勧めていただいた。その中の一冊。昭和57年に柴田書店から刊行されたものを、昭和62年に角川書店が文庫化。『バー・ラジオのカクテルブック』。

バー・ラジオの店主、尾崎浩司さんの語りと、彼がつくる際立って美しい数々のカクテルの写真、そしてラジオに集った文化人(和田誠、榎木冨士夫、松山猛、小池一子ほか)によるエッセイから成り立っている。目にも心にも響いてくる、永久保存版となりそうな本。もう中古本しか流通してないが。

Bar_radio

映画にインスピレーションを得たカクテルの写真とエピソードが圧巻。グレタ・ガルボ、マレーネ・デートリッヒ、ローレン・バコール、泥棒成金、家族の肖像、などなどと名づけられたカクテルは、グラスや色も含め、もうそれしかありえないだろうと思わせるたたずまい。写真一枚一枚が、文字通り、溜息もの。

実際に飲むともっとイメージ通りであるらしい。イメージにぴったりすぎて違う名前になったというカクテルまである。それがフランシス・アルバートで、「元の名はシナトラと呼ばれていた。もちろんフランク・シナトラをイメージしたカクテルなんだけれど、これがなんともまあ美味いカクテルで、ドライで引き締まっているけれど、一寸コクがあって生意気な味がする。そのナマイキなところがシナトラにピッタリで、こんなのを考え出した尾崎さんに感心してしまう。その生意気に気取った味わいは、”シナトラというよりフランシス・アルバートって呼びたい感じなのだ”とわめいたら、それ以来そのカクテルをフランシス・アルバートと客が呼んでくれるようになったので満足」(榎木冨士夫)。

この「理屈じゃない」感じが酒場カルチュアね。

出てくる映画まわりの固有名詞は、やはり50年代から60年代あたりの「永遠の名作」が多く、文学ではやはりヘミングウェイ、チャンドラー、フレミング、常盤新平のニューヨーカー、あたり。たしかに「これを超えられるか?」という永久不滅王道感はあるのだけれど、その時代からもう半世紀近く経っている。今であれば、ここに入る固有名詞として何がふさわしいのか?ということをあれこれ考えながら読んでいた。

巻末の尾崎さんの「おわりに」では、ラジオにおいてはおしぼりや生花、カトラリー、グラスにいたるまで、いかに細やかな気配りがなされていたのかが明かされる。そして仕事場以外でいかに美を追求するための修業をしているのかも。

「バーテンダーに要求されるのは順応の早さ、それに小粋さなどですが、入り組んだ精神構造をお持ちの現代人を前に、名精神科医の役割も果たさなければなりません。投薬するカクテルの処方も、正確無比といきたいところです。秘薬の匙に入るのは生命の薬でしょうか。媚薬でしょうか。恐ろしい粉末でしょうか」……シブいです(笑)。

どんなささやかな一分野でも、手を抜かず真心をこめて仕事につとめ修業を積んでいけば誰かの魂を奪い、奇跡が起きる、ということを信じさせてくれる本でもある。

立ち寄るたびに、その時の状態にぴったりのカクテルを「処方」してくれるバーの店主は、この尾崎浩司さんのもとで働いていた。考え方に通じるものがあって、納得。

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