今年終えるべき仕事がまだ納まらない。でも私から仕事をとったら「酒飲み」と「キティマニア(=変態)」しか残らないし。仕事があることに感謝しつつ、仕事のタネを与えてくれたモード界のさまざまなできごとの回顧と雑感。これだけは「とりあえず」でもやっておいたほうが、後になって、2011年のムードを振り返るときの手がかかりにもなる。とりわけ、地球全体(いまや宇宙も含まれる)から見ると、まったく狭すぎるモードの世界のことは、あまり振り返る人もいないので…。‎

1.アレクサンダー・マックイーンの回顧展が、Metropolitan Museum of Artで開かれ、661,501人というMET史上8番目の動員数を記録。

→ファッションとアートのコラボが今年は目立った。その勢いは来年以降も続く予感。

2.ジョン・ガリアーノのスキャンダル。酔って人種差別発言、その後素人による「I love Hitler」動画が投稿され、天才&人気デザイナーは一気に転落。

→それほどの制裁を受けるに値する事件だったのか? 人々の関心はもはやディオールの後任デザイナーにしかない。非情な世界だ。モードのサイクルがデザイナーに与えるプレッシャーも、あらためて考えさせられる。

3.キャサリン妃のウェディングドレスをピークとする、キャサリン妃フィーヴァー。

→彼女は新時代の「ジャッキー」みたいな立ち位置を獲得してファッション史に残りそう。もう妹のピッパ人気のほうが高いみたいだけど。なにか特別な発信をしているわけでも特別な地位にあるわけでもないピッパ・ミドルトンの人気が上昇しているという現象にも、かなり不思議な一面を感じる。

4.ルブタンvs.サンローランの「赤いソール」訴訟。

→ルブタンの主張が認められなかったことで、赤いソールを堂々と出し始めたブランドもちらほら。赤いソールならルイ王だって履いていた……という話をし始めたら、モードにおける新しさなんて、どこにあるのだろう。モードにおける「オリジナリティ」とか「新しさ」の意味を考えさせられた事件。

5.エリザベス・テイラーの宝石類が競売にかけられ、記録的な数字で売れる。

→リズと2度結婚したリチャード・バートンは「彼女は面白くて、ワクワクさせてくれる(interesting and exciting) 女性だった」と回顧している。今年はレディ・ガガ人気も沸騰したが、彼女に目が行っちゃうのも、面白くて、ワクワクさせてくれるから。ただの美人なんて一日で飽きる。人を魅了しつづけるのは、「おもろくて、ワクワク」することを提供できるかどうかの知性とガッツ、ということを実感。

今年は、震災があり、原発事故が続き、ヨーロッパの経済が危機に陥り……とファッションを語るには「不謹慎」ではないかというムードを強く感じた年だった。

でも、そんな時にも人は服を着て、自分が何者かを考え、他人や社会とコミュニケーションをとろうとする。その欲求は、今年、明るい時代にもましていっそう強くなったのではないかとも感じる。今年フェイスブックに参加してみたことも、そう感じる理由の一つなのかもしれない。

ファッションを探求するというのは、どこのだれかも知らない独裁者が「おしゃれ」と決めたルールに従うことでは毛頭ないし、雑誌が提案する「キレイ」「モテ」とやらを追求することでもない。自分を形づくるもの。社会を形づくるもの。二つと同じものがないそれが何なのかを、時代の渦中にありながら自分の感覚を総動員して探し、考え続けていくこと。そうした作業を通して、自身が歩んでいく足元をしっかり固めていくこと。その暁にこそ、本物の「かっこよさ」がついてくる。

ということを、今年出会った多くのクリエイターやビジネスパーソンや異分野の学者さんや学生・友人たちとの対話の中から学んだ年だった。コメントを寄せてくださったり、メールをくださったりした多くの読者のみなさまにも、刺激を受けました。ありがとうございました!

というわけで引き続きありがたく感謝して仕事をします。今年を締める原稿は、中国のファッション雑誌に寄稿するもので、もう3月号のお話。頭の中は春風のなかのマリンテイストでいっぱいです(笑)。送られてくる雑誌を通して、中国ファッションの勢いというのも肌で感じた年でした。

よい新年をお迎えください。

大学時代に英文学史というのを勉強していたことがある。それぞれの専門分野での第一人者の高潔な教授陣の講義は、すばらしいものであったのだろうけれど、当時は、「何のために」学んでいるのかさっぱりわからなかった。歴史上の文学者の人間関係とか作品とか、ぷっつりと今と切り離して美しく解説をされても、「今、ここに、こうして座っている」私との関係がさっぱり見えてこなかったのだ。

大学の講義でもなんでもだけど、専門家であればあるほど、目の前の聴衆の「今の問題」とのかかわりを(本人がきちんと感じ取るように)示唆してあげなきゃ、モチベーションも高まらないし、学習効果も上がらないのだと思う。自戒をこめて。

で、英文学史である。30年たった今なら、ようやく腑に落ちて理解できることがたくさんでてきた。そのなかのひとつが、ジョン・キーツが表現した、Negative Capability ということば。

平板すぎるポジティブ・シンキングがあまりにもバラ色の思考法のように唱えられている現状に対し、「違うだろう!」と言いたくてその根拠を探していたら、運命的に再会してしまった。

キーツが1817年に弟あてに書いた書簡の中で使っている。

‘… it struck me what quality went to form a Man of Achievement, especially in Literature and which Shakespeare possessed so enormously-I mean Negative
Capability, that is when man is capable of being in uncertainties, Mysteries, doubts, without any irritable reaching after fact and reason.’

「ハッとした。人に偉業をなしとげさせるもの、とりわけ、シェイクスピアがたっぷりと持っていたもの、それがネガティヴ・ケイパビリティなのだ。手っ取り早く理由や正解を求めることなく、不確かなこと、不可解なこと、疑いだらけといった状態のなかに人がとどまることができるときに見出される能力、それがネガティヴ・ケイパビリティである」

さっさと自分が納得する理屈をくっつけて安心して、明るく前進する。そんなポジ・シンも結構かもしれないけど、むしろ、不確かでわからないことだらけのことをまるごと受容し、その不可解の渦中にがっつりととどまってみる。ネガ・ケパ(ひどい略だな…)。それができる辛抱強さからこそ、なにかホンモノのクリエイティビティというのが生まれてくるのかもしれない。

アルマーニ×OPENERS の仕事。レイナさんにヘアメイクをしてもらい、西麻布のライブラリー・バー「テーゼ」でアルマーニの春夏のジャケット&スカートを着用して撮影。一日がかりだったけど、スタッフの皆様のきめ細かい配慮のおかげで楽しくあっという間に時間が過ぎた。ありがとうございました! フォトギャラリーに私のエッセイがついて、来年2月末にアップされます。

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「テーゼ」はツボにはまる本があちこちにたっぷりと置いてある図書館のようなバーで、とても心ひかれた。シングルモルトにアートな本。これ以上相性がよいものがあるだろうか。こんどは営業中にぜひ伺いたいと思います。

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着用したジャケットについていたボタンは、「ミカド・ボタン」と呼ぶそうである。棒状のボタン。ヨーロッパでは、あのポッキーも「ミカド」という名前で売られている。棒状のもの=ミカド。なぜに。

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上が「ミカド・ボタン」のジャケット。カッティングと素材がすばらしく、柔らかいのに着るだけで背筋がすっと伸びます。

◇以下パ―ソナル・メッセージ。これから白内障の手術を受ける友人に、励ましの意図をこめて贈ります。手術の成功を祈ってます。

http://www.youtube.com/watch?v=4E7XHOotTX0&feature=related

◇ヴィヴィアン・ウエストウッドに関するレクチャーをしていて気がついたこと。70年代のパンクの女王を「卒業」したあと、アート・歴史志向の「デザイナー」に移行し、そして21世紀は地球環境問題にも積極的に意見する社会派クリエイターへ進化した人、と漠然と理解していたのだが。’DO IT YOURSELF’を解くココロ、ブリコラージュ(ありあわせのもので間に合わせる、器用仕事)の精神は、パンク時代からずっと一貫して持ち続けている人だ。

意外なところに聴衆の反応が大きかった。ヴィヴィアンとマルカム・マクラーレンとの間の息子、ジョセフ・コレが創設したエイジェント・プロヴォケター(高級ランジェリーブランドです)のキャンペーン写真である。たしかに、エイジェント・プロヴォケターが作り出す世界は、私の好みのど真ん中ではあるが、眉をひそめる人も多いかもと思い込んでいた。日本では話題にならないし。

大好きな写真はたくさんあるのだが、そのひとつがこれ。エロティックで退廃的でリッチでゴージャス。中世の宗教画みたい。

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ヴィヴィアンの名言から。

The only reason I’m in fashion is to destroy the word ‘conformity’.(「私がファッションの世界にいるただ一つの理由は、<調和>という言葉をぶちこわすためよ」)

You have a much better life if you wear impressive clothes. (「強い印象を与える服を着れば、人生はずっとよくなるわ」)

就活のために、無難な真っ黒スーツを着てみんな同じような規格におさまっている学生たちに向けて、暗黙裡に届けたいメッセージでもあり。

◇恒例のOPENERSメリーグリーンクリスマス、今年も参加しました。

http://openers.jp/culture/merry_green_christmas2011/02.html

アンジェリーナ・ジョリーの慈善活動について書くためにリサーチをする。記事の中には盛り込めなかったけれども、心に残った彼女の言葉。 

「痛みがなければ、苦しみもないでしょう。苦しみがなければ、過ちから学ぶこともないでしょう。痛みと苦しみはあらゆる窓に通じるカギとなります。それがなければ、きちんと生きることなどできないわ」

「私はいつも、自分がデートしたいと思う女を演じている」

この人が多くの男性をとりこにする秘密(と思われること)を、コリン・ファレルが語っている。

「彼女の目をのぞきこんで、そのまなざしや落ち着きを目の当たりにしたんだ。本当に素晴らしいよ、堂々としているんだ」

ついでにレディ・ガガの慈善活動についても。記事内容には無関係だったけど、心惹かれるエピソードがけっこうある。この人も名言の宝庫ね。

「名声っていうのは、お金持ちのフリをすることじゃないのよ。音楽、アート、釣り、何でもいいから、あなたが夢中になってることへの自信や情熱を全身から滲み出させて。ほかの人が、『いったいあれは誰?』と知りたくなるように」

昨日は、大学にテイラー信國太志さんをお招きして、トークイベントを行いました。

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ファッションスクールの名門、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでの教育方針や、「デザイナー」から「テイラー」へ転身した理由、デザイナーとテイラーとの違い、間近に見た一流デザイナーたちの具体的エピソード、「スタイリスト」の仕事と役割、クリエイティヴィティとは何か、「ファッション」とは究極は「人」であるということ、概念を見るのではなく、美しいと思ったものを心で見るということの大切さなどなど、話は尽きず。モードの最先端と、仕立ての地道な世界の両極を経験してきた方ならではの、静かながら熱い信念に貫かれたことばに、感銘を受けました。

ファッションとは、自分を飾っていくことではなく、どんどんそぎ落としていくこと。あるがままの自分の姿に「気づく」こと。その点で、仏教とも通じる点があるという話がずっと尾を引いています。「本物のかっこよさ」とは、究極はそこなのではないかと。めざすべきは、やはりそこしかないのではないかと。行きつくまでに、ぐるぐると回り道をしなくてはならないのだけれど。

さらに詳しい内容は、後日、ウェブマガジンOPENERSにて。

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信國さん、ありがとうございました!ご来場のみなさまにも感謝します。

三陽山長2012年春夏の展示会@三陽山長銀座店に出かける(昨日)。

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オールウェザーコレクションや、ドレススニーカー(グッドデザイン賞受賞)など、日本のビジネスマンの事情を考慮したやさしくりりしい靴の数々。デッキシューズも中敷きが洗えるようになっていたりと、日本らしいきめ細やかさが光る。

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下段の靴、スクールシューズみたいな装飾は取り外しも可。これを「キルト」と呼ぶそうです。当初は「ほこりよけ」であったそう。

もっとも心ひかれたのは春夏用のスエード。冬の靴という先入観があったけど、春夏にももちろんOK。スエード靴のお手入れ講習もおこなわれていたので、じっくり教えていただく。風合いを長持ちさせるには、はき始める前のケアが大切。

1. 形のいいシューキーパーを入れる。

2.  スエード専用のブラシ(真鍮ブラシ)で、毛を起こすように、逆立てながらブラッシングする。もともとスエードとは毛を痛めて(!)つくった素材。遠慮せず、逆立てて可。

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3. ムートンブーツには、Splash Brushを使い、同様に。

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4.  スエード専用の栄養スプレーをかける。この成分はほとんどオイル。毛が起きたところに油分を補うので、これが浸透し、発色がよくなる上、水をはじく効果も得られる(!)。色抜けも防止できる。ちなみに、スエードが白茶ける原因は、防水スプレー。これが乾燥して白茶けてしまう。

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(この写真は、スエードが水をはじいているところ。手品みたいで、おもわず「をを!」と)。以上のケアを、まだ靴が新しい段階からやっておくことが望ましい。万一、すでに白茶けてしまった場合、色を入れる染料も市販されているので、それで補うとよい。

…ということでございます。靴は、心を込めて手入れをすれば、それにふさわしい場所へ連れて行ってくれることであなたに報いてくれる。はず。