アルマーニによるブルース・ウェインのスーツがどんなだったかを確認したかったのと、映画好きの友人が「人生観を変えられてしまったほど衝撃を受けた」とかなんとか言っていたので、もう一度見直してみた。「ダークナイト」。

Dark_knight_bruce_looking_at_suit

スーツ(バットマンスーツじゃないほう)に言及される場面はたった一か所だったが(3つボタンなんて今どき流行りません、とか)、主張しすぎずブルースに威厳とセクシーさを与えていた。皮肉なことだが、「どこのブランドのスーツ」いう特徴がわからないことが、やはり良いスーツの絶対条件。

ジョーカーとの戦いとは、ぎりぎりの状況における人間性との戦い。光の騎士が、絶望を味わって、悪に転落する。人間なんて一押しで悪に染まるとうそぶくジョーカーの勝ち。

恐怖のさなかにパニックになれば、倫理などかなぐり捨てて、エゴまるだしで行動するような弱い一般市民が、最後のギリギリの段階で良心に従う。ジョーカーの負け。

トータルで、ジョーカーとの勝負は、引き分け。

バットマンは、いかなる状況でもモラルを捨てず、エゴなどとは無縁で、正義のためなら汚名さえ引き受ける。高潔すぎて孤高の哀愁が漂うバットマン、クリスチャン・ベイルの、半分、吐息を含んだ低く重い静かな声が、闇の中に溶け込むように響いていく。

「真実だけで人は満足しない。幻想を満たさねば。ヒーローへの信頼は報われねば」

バットマンはジョーカーを必要とし、ジョーカーもバットマンを必要とする、お互いの存在があるからこそ「能力」を最大限に発揮できるという、胸を引き裂かれそうなほどのロマンチックな(両者の関係はロマン主義的だ)皮肉がずっと尾をひく。

実際、この映画は産業資本社会にアンチテーゼを唱えるロマン主義の映画だ。悪党の目的は「金や復讐」だけではなく、「人間の本性をえぐりだして見せる」というもっと壮大なゴシック・ロマン的な目的でありうるということ。「カネ=成功」という発想で規格にちんまりとおさまり、矮小になってしまった人間たちへの挑発でもある。

2 返信
  1. たけい
    たけい says:

    特殊効果に頼る商業主義な映画にしたく
    ないという志は素晴らしいけどこの作品
    自分にはかなり重く感じました。
    ティムバートンの「バットマン」が持って
    いたユーモア感がとても懐かしい。
    少し否定的な映画に対するコメント
    ですいません。

    返信
  2. kaori
    kaori says:

    >たけいさん
    お久しぶりです、お元気ですか。
    たしかに重たく厳しいですよね…。
    娯楽じゃない、どっちかというと真正面からの挑戦、といった感じがしました。
    ヒース・レジャーもほんとに「行っちゃった」し。
    ティム・バートン版も好きでしたが、
    こちらの容赦ない重みも、受けとめられるヒトでありたいというか。
    次回作の「ライジング」も楽しみですね。

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