田中純『建築のエロティシズム』(平凡社新書)。世紀転換期のヴィーンにおける建築や装飾を中心に、文化人周辺のゴシップなども含めた、分野横断的な論考。

はじめて聞く固有名詞がかなり多く、その世界に入り込むまでがちょっと一苦労だったが、だいたいの人物把握ができてから二度読みしたら、じんわりと面白さが理解できはじめた。(さらにもう一回読む必要がありそうな箇所も多)

「建築を成り立たせているものは、物体であり空間であると同時に論理である。そして、性欲ではなくエロティシズムを生みだすのは、論理以外の何ものでもない。だから、建築のエロティシズムはその論理にこそ宿る。『近代建築のエロティシズムとは、したがって、エロティシズムの近代的な論理と言い換えてもよい」

この的確な定義において、「建築」を「服飾」におきかえても十分成立しそうだ。

登場する建築家や論者たちは、論理に宿るエロティシズムを追求しすぎて、フェティッシュに陥り、それが行き過ぎて「犯罪者」になったり狂人すれすれになったりする(ことがある)。田中さんは淡々と描いてるけど、なかなか扇情的、というか、ロマンティックな話だよなあ…。

とりわけ衝撃を受けたのが、自分のもとを去ってしまったアルマ・マーラーに恋い焦がれるあまり、彼女を再現するかのような人形をヘルミーネ・モースに作らせて、しばらくその人形との生活をともにしていたオスカー・ココシュカの話。アルマ人形の写真まで掲載されていて、そのブキミな生々しさにしばらく茫然と見入る……というか、妄想が具体化されるということについて、しばし考え込んでしまう。

この人形は、たしかに「生命を得た」。ココシュカのアルマに対する執着+モース(女)の自己愛が融合した、異形のバケモノとして。すごい話だと思うんだけど、これ、だれかが小説にしたり映画にしたりしてないんだろうか?

アルマ・マーラーに関してもあらためて調べてみたら、当時の文化人を片っ端から虜にして破滅させたりしている、才色兼備の「魔性の女」なのね。アルマ、ワクワク系の女だわ。彼女からもたっぷりとインスピレーションを受けてしまったので、機会があったらどこかできちんと書きたくなった。

Alma_mahler_1899

脱線した。本書の話に戻る。

ほかにも「知らなかった」お話が満載で、今一度「山の高さ」を見せつけられた感じ。まずは、ダンディズム研究において読んでおかなくてはいけないのは、アドルフ・ロースであると教えられた。さっそく何冊か注文。

「論理には官能性がある」という田中さんの視点には、共感を覚える。本書とは関係ないけど、蓮實重彦、三島由紀夫のがっちりと組み立てられた論考は、表層が禁欲的に見えれば見えるほど、エロティシズムに満ちていると思う。

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