朝日新聞23日(木)オピニオン欄。高橋源一郎「緊急の中にある永遠の課題」。吉本隆明が近刊で親鸞について語っていることにふれて。

<緊急の課題>のなかに<永遠の課題>を見つけ、<永遠の課題>と信じられるもののなかに<緊急の課題>を発見することの大切さを説く。その両方を見るべき、と。

目先のファッションの問題に、不変の真理を見たい、という日ごろ自分がやっていることを、こうして高尚な表現で言い換えてもらったような思いもあって、ちょっと嬉しかったりしたのだが。とはいえ、やっぱり高橋氏、モードなんかとはレベルがぜんぜん違う、はるかに大きな「債務危機」へと話が向かう。

緊急問題であるはずの債務危機。実はここにも、人間にとっての永遠の課題がある、というお話。まずは、「現代思想」の特集「債務危機 破産する国家」の中で紹介されているM・ラッツァート。「借金人間製造工場」という論文で、そもそも「負債とは何か」と徹底的に考えているという。

「様々なローンを背負った人びとに『借金を返せ』といいつのることで、彼ら債務者たちは『罪の意識』を不断に感じるに至る。ひとたび、クレジットに手を染めたなら、そこから抜け出すことはできない」

で、負債とは、単なる金融上の問題ではなく、宗教的な別の種類の問題なのか、という議論に続く。

「ヘブライ語の『救済』の語源は、『抵当を買い戻すこと』だった。ヘブライ王国の予言者たちにとって、『救済』とは、なにより『借金の人質にとられた家族を取り戻すこと』だった。不作の年には貧しい者は負債を負う。だから、すべての負債が7年を過ぎると帳消しになる法が作られた。そのことによって、人びとを『奴隷状態』から解放する知恵を、旧約聖書の時代の人は持っていたのである」

…金融危機、債務問題という緊急の課題から、人間にとっての負債という永遠の課題まで。なんだか話が広がりすぎていく気もするが、その両方を視野に入れることが大切だというのは理解した。

古典を学んでおけ、というのはそういう<永遠の課題>に気づくためでもあるのですね。

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