3月5日付、朝日夕刊。谷川俊太郎「三月の詩」。やっぱ、この方の言葉の感覚、好きだわあ。

「私の昔はいつなんだろう 去年がまるで昨日のようで 子ども時代もまだ生々しくて 生まれた日から今日までが ちっとも歴史になってくれない」 (以下続く…)

一方で、ほんの一週間前の出来事でありながら、どうでもいい「歴史」になっちゃってることもあるんですよね。

その違いは何?

エモーションかなあ。感情。ひとすじなわでいかぬ思い。説明不可能な心の震えとか、無意識レベルでの心のざわつき。これが制御不能な感じで尾を引いている間、何事も「歴史」にはなってくれない。

こういう感情をコントロールできるようになったとき、出来事は「歴史」になる。小説家なら小説にするんだろうか。歴史家は歴史にしてしまうのだ(^_^;) あれもこれもそれも、さっさと「歴史」「昔の話」にしてしまえればどんなにか楽だろう!と思う一方、「歴史」なんぞにしたくないこともある。

…などと、とりとめなく考えさせられるのですね、谷川さんの言葉には。

0 返信

返信を残す

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です