ここ3日ぐらいの移動中に観た、ヨーロピアンな愛の芸術映画二本。まずは「マーラー 君に捧げるアダージョ」。

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作曲家のマーラーが、妻との生活を精神科医のフロイトに告白する……という形式で、マーラーとアルマの葛藤の人生が描かれる。監督は、あの「バグダッドカフェ」のパーシー・アドロンとその息子のフェリックス・アドロンということでちょっとは期待したのだが。

アルマは才能を封印してマーラーに献身。でも最後は若い建築家の愛人のもとへ。それでもマーラーの中心には常にアルマがいる。音楽は美しいのだけれど、二人の関係が重たく、どっぷりと苦悩の表情に満ちた映画で、観終わって、どよんとする。

もう一本は「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」。

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こちらはイタリア映画で、独裁者ムッソリーニにすべてを捧げて愛しながら排斥された痛ましすぎる女イーダを描く。マルコ・ベロッキオ監督。ムッソリーニの身勝手や女の痛々しさがつらくなってくる、笑いのない重たさ。

なんだろ、昔はこの手の重厚な重苦しさも好きだったはずなんだけど、今は受けつけなくなっている。感覚が変わってきたんだろうか。

どっちの映画も、より多く愛を捧げたほうがミジメになりながら、そのミジメさにおいて、というか、愛したことにおいて、「勝利」するのよね。

次は笑える愛の話が観たい。

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