内田樹・名越康文『14歳の子を持つ親たちへ』(新潮新書)のなかにこんな一文があって、これがあまりにも的を射ているので、スマイソン誘惑ノートにメモしてあるのですが。

「狂いすぎている人は周囲の人を発症させるが、本人は発症しない」。

私はきわめて常識的な人間ですが、いや、それだからこそ、かもしれないのですが、困ったことに、惹かれるのはイカレた人です。現実の人であれ、歴史上の人物であれ。実際に会う人であれ、スクリーンの向こうとか本のあちら側の人であれ。「狂いすぎている人」にどうしようもなく引き寄せられていきます。

で、こっちが「発症」します。その結果、出会わなければ埋もれたままであったものが引き出されて、もとからあった性格と化学反応を起こし、変革なり覚醒なりを経験していきます。その繰り返し。それが人との出会いの醍醐味だとすら思っているフシがありますね。あたりさわりない人とも無難な付き合いをいたしますが、そればっかりだと心がひからびていく気がする。

歴史上の「狂いすぎ人」としては、たとえばこのカップルね。エドワード8世=ウィンザー公&ウォリス・シンプソン。

Wallis_2

マドンナ監督最新作を、一足先に拝見する機会をいただきました。「ウォリスとエドワード 英国王冠を賭けた恋」。これまではあまり語られてこなかった、ウォリスの視点を入れたかったというのがマドンナの思い。愛とは、その人のためにすべてを捨てられるということ。とすれば、ウォリスが捨てたものは何だったのか?

30年代モノを今風にアレンジした衣装、ヘアメイク、アクセサリーはメンズ、レディスともに眼福もの。ただ俳優陣が全員オーラに欠けて、衣装負けしてる感じ。痛いシーンも多くて、音楽も暗く、気持ちもいまいち上がらない。

とはいえ。この二人の「実話」の部分が好きなファンにはたまらない。もともと狂っていたお互いが、互いを発症させ、狂ったとしか呼べない結果を生んだ、<世紀の恋>。世紀の恋とはつらく孤独なもの。それだからこそ恋を選ぶ。というウォリスもエドワードもほんと、イカレている(だから好き)。

0 返信

返信を残す

Want to join the discussion?
Feel free to contribute!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です