日本ではあまり大きなヒットとはならなかったようだけど、いまだに不思議と強く印象に残っている映画がいくつかある。

 

そのなかのひとつに、「世界でもっとも不運で幸せな私」という日本語のタイトルがついたフランス映画がある。2003年の映画で、日本公開は2004年、ヤン・サミュエル監督で、主演はマリオン・コティヤールとギョーム・カネ。原題は、「子供の遊び」程度の意味だったと思うが、不幸を抱えた幼なじみの二人が、二人だけの「ゲーム」の世界に生きることで、つかの間、二人の世界においては幸福にひたることができるのね。そのまま2人は大人になり、ゲームをやめることをせず、最後はゲームのさなかで土に埋もれていくんだけど、そのときの表情がなんとも幸せそうなの。世間的尺度から見るとものすごく不運でばかで、でも、二人の世界においてはこの上なく幸せという。

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世界で最も不運で幸せな私。このコンセプトが忘れられない。

似たような感覚でどっぷりと共感を覚えてしまうコンセプトに、最低にして最高、というのがある。たとえば、高村幸太郎は「最低にして最高の道」という詩を書いていたりする。

 

  もうよさう。
ちひさな利慾とちひさな不平と、
ちひさなぐちとちひさな怒りと、
さういふうるさいけちなものは、
あゝ、きれいにもうよさう。
わたくしごとのいざこざに
みにくい皺
(しわ)を縱によせて
この世を地獄
(ぢごく)に住むのはよさう。
こそこそと裏から裏へ
うす汚い企みをやるのはよさう。
この世の拔け驅けはもうよさう。
さういふことはともかく忘れて、
みんなといつしよに大きく生きよう。
見かけもかけ値もない裸
(はだか)のこゝろで
らくらくと、のびのびと、
あの空を仰いでわれらは生きよう。
泣くも笑ふもみんなといつしよに、
最低にして最高の道を行かう。

たとえ世間の基準に照らしてみたときに「最低」であっても、裸の心でらくらくとのびのびと空を仰げる「最高」の感覚を覚えることができれば、それはとてもプレシャスなことなのかもしれない。最低で最高。不運で幸せ。同情も忠告もイミをなさない、絶対的な聖域。

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