16日付朝日新聞書評欄、内田樹『街場の文体論』(ミシマ社)を、鷲田清一先生が書評するというゼイタクな欄♡

「言葉をなんとしても届けたいという切迫、それがあれば当然、あれやこれや情理を尽くして語ろうとするものだ。ウチダ自身、エマニュエル・レヴィナスの難解な文章にはじめてふれたとき、『ほとんど襟首をつかまれて、「頼む、わかれ、わかってくれ」と身体をがたがた揺さぶられているような感じ』がしたという。こころを鷲づかみにされるような読書体験のなかで、自分を組み立ててきたストックフレーズにひびが入り、これまで『味わったことのない感触の「風」が吹き込んでくる』、そういう『生成的』な経験が起こる」

自分の読書体験でもこんな感覚が起きることがある。それをなんと正確に表現した文章だろう……。

私にとっての本というのは、「何が」書いてあるかということよりもむしろ、「どのように」書かれているかということが重要なのですよね。いくら調べ上げたデータを並べてあったりしても、ありきたりの正論のトーンでちんまりとおさまっていたら、「だから何?」とか思っちゃう。伝えたいことは情理をつくして相手の心へ届け贈る。自戒をこめて。

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