芦田淳さん&多恵さんの記事を書くために読んでいた、芦田淳著『髭のそり残し』(徳間文庫)から。

浅丘ルリ子さん、山本陽子さん、山田五十鈴さん、森光子さん、佐久間良子さんといった一流の女優に共通すること、として「初々しさ」が挙げられていることに、なるほど、と思う。

浅丘さんも、山本さんも、出を待つ舞台のわきでガタガタとふるえているという。場数を踏んだスターでも、こうなのだ。でもそれが、大女優の輝き、新鮮さにつながっているという指摘。

「年齢に関係なく、少女のようなはじらいと可愛さを持っているのだ。若々しいということだけではなく、常にレモンのかおりがする。古くないのである。それが一流の条件といえるのではなかろうか。芸のないタレントが、調子に乗って演じているうちは良いが、すぐに枯れてしまうのと反対なのだろう。(中略) 自分を見つめる眼を厳しく、甘えないで、向上心を持つ。これで良いということがなく、真摯に努力する。そのスピリットが青春のはつらつさを生むのだろう」

この本を「執筆のご参考に」と用意してくださったのは、ジュンアシダ広報のKさんという超優秀な女性なのだけれど。業界を超えていろんな分野の企業に取材に行き、さまざまな業務の担当者とお会いしてきたが、業績がいい会社や、また仕事を一緒にしたくなる会社、社会的に影響力のある会社には共通点がある。

それは、社外広報担当者がごくナチュラルに、並外れて優秀であること。提供しているサービスそのものが一流であることは最低限の条件なのだけれど、広報担当者が、こんなことまで考えてくれるのですか?!というきめこまやかな配慮に加えて、さらに+αの思いやりのあるコミュニケーションで接してくれる会社というのは、ほぼ業績もいい。おやじ世界でいう接待とかそういう下世話なことではまったくない。資料の準備や取材後のお礼の手紙、企画進行中の連絡など、ほんとうに最低限の「業務連絡」のなかにおいて感じることなのである。おしつけがましさをみじんも感じさせず、媚びることもなく、こちらが必要とすることをすべて正確にくみ取り、その必要以上のことを満たしてくれる。

他社のすばらしい例もたくさんある。「こんなものでいいだろう」というぞんざいさとは無縁の、人の心のひだまできちんと届くレベルのコミュニケーションのお仕事。彼ら・彼女らの仕事ぶりは陰に隠れることが多いけれど、そのような仕事においてもまた、初々しさを忘れない一流人がたくさんいらして、そういう人に接するたびに、こちらも「仕事っていうのは<これでいい>っていうところでとどまってはいけないんだ」と思い知らされ、背筋が伸びる思いがする。

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