久々に、言葉の備忘録。

[E:club]朝日新聞1月10日(木)夕刊、ファッション欄、「ファッションってなに?」のソニア・リキエルのインタビューから。

エレガンスの定義とは?と聞かれて。

「あか抜けたよい趣味であること、という一般的な答えはさておき、私は『様々なことに気づくこと』だと思います。何がどうなっているのか、常に目を配ること。それが行間のように人に伝わるのです」

つかみどころがないのになんだか納得させてしまう、不思議に魅力的な定義。

[E:club]もうひとつ、1月8日(火)文化欄、池澤夏樹の「終わりと始まり」から。

「今、気になっているのは、みんなが『考える』より『思う』ことでことを決めるようになったことだ。五分間の論理的な思考より一秒の好悪の判断」

「知識、知性、思想、論理……こういう言葉にそのまま価値が伴うわけではない。それは愛着や嫌悪や憧憬などと同じように精神の働きの一つであって、どれに依ってことを決めるかは個々人の問題だ」

「SNSが一人一人が発言することを容易にした、ということもあるかもしれない。それは『思い』であって『考え』ではないことのほうが多い。システムはそれを束ねて増殖させる。『思い』に自信がつき『考え』を排除する。時には多くの人が手近に敵を見つけて叩くというゲームに熱中する。

そしてすべてが軽くなる」

私はとても人の影響力を受けやすいタイプの人間である。SNSの「瞬間の思いの集積」にときどき、くらっと圧倒されることがある。私の友人は、その恐ろしさ、危うさ、虚しさに気づいたのか、早々にSNSを退会した。退会して曰く、「やめたら知性レベルが上がった」。

いくらたくさんシェアされていたとしても、それは「1秒の好悪」の集積であって、決して時間をかけられた思考の産物ではないこと、常に心しておかねば。

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