國分功一郎氏が語る「浪費としてのファッションはありうるのか?」

語り口だけでなく、着こなしている服に注目してしまいました。花柄の、「とろみのある」MA Dechabille のジャケット。ロココ時代のメンズのように華やかですね。GQでもグラビアでネクタイをおしゃれに語っていらしたし。ある一定の年代のインテリはみんな黒いコム・デ・ギャルソンやヨウジ・ヤマモトを着ていたものですが、この花柄ジャケットはフレッシュ。新世代を印象付けますね。「論客」が少ない分野、これからもっとファッションを語ってほしいものです。語りを盛り上げる、自由で刺激的な装いにも期待します。

http://studiovoice.jp/?p=36737

…で、肝心の内容ですが。

ボードリヤールの理論にのっとった「浪費と消費の違い」の解説が興味深かった。

浪費は、具体的なモノを受け取ること。一定以上いってしまうと、あ~満足した、と終ってしまうもの。

消費は、観念や意味、希望を受け取ること。だから、永遠に終わらない。たとえば、「今、あの店がイケてる」という情報を受け取ると、その店に行ってなにかを食べるけれど、それで満足しない。また次の情報が来るとそっちにいく。だからその行動に終わりはない。この消費のサイクルをつくりだすことで、モノを無限に売り続けることができるというのが、20世紀の経済成長の仕組みだった。

というようなお話。「消費」を繰り返しながら決して満足せず、また次の消費に向かってしまうのは、情報がもたらす希望や意味(コレをもてばモテる、とか、ココに行けばイケてる、とか)に必要以上に踊らされていること、自覚すべきかもしれないね。

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