ここ何週間か、苦闘していた原稿のひとつをようやく仕上げ。

「締め切り」に遅れに遅れたにもかかわらず(本来は、決して許されないこと!)、寛大で理解のある編集者があたたかい言葉をくださって、少し報われる。

「今回の原稿は苦戦したとのことですが、そうした形跡は原稿から見られませんね!
軽やかで、面白く、内容も濃く、リーダブルな原稿でした」

というナミダが出るほど優しいコメント。編集者、天使だわ。どっと出た疲れが、ひたひたと癒されていき、思わず出版社の方角に手を合わせたりして(笑)。ほんとうにごめんなさい&ありがとう(T_T)(T_T)(T_T)

本来は隠しておくと美しいことではありますが、どさくさにまぎれて言ってしまいますと、「軽快」「すらすら読める」と評していただくこともある原稿は、軽さと反比例しておそろしく時間がかかります(笑)。活字において、軽快に見せるのは、ものすごく工夫が要る。難しいことを難しく書くのは、いっそ簡単。

えらそうにすんません。(ブログは修正可能なので直感で書きっぱなしですが、修正不可の活字となると、緊張感が違う。)

たぶん、これはあらゆる活動において言えることではと思うのです。簡単に見えることほど、難しいってことが。ラクに見せて、それを続けることが、いかに難しいか。

そんなことが一度わかると、決して、ナニカを作って世に出そうとしている人を批判するなんてことはできなくなる。助言はできるかもしれないけど。ウェブで簡単に「レビュー」と称して、「さくっと読めた」とか、ひどいのになると、自分が理解できないだけなのに貶めるレビューを書いたりしている人がいる。ああ、浅ましいなあ、自分の愚かさを露呈しているだけなのに、と殺伐としてくる。人間観察の対象、として、興味深いサンプルでもあるのですが。

ほんとにひどい内容のもの、ニーズに合わないものは、とやかく批判されなくても、やがて淘汰されていく。(自戒をこめて^_^;)わざわざ他人のトンチンカンな批判をする時間があれば、自分の人生を充実させるために使えばいいのに。Life is too short. …なんてことを書いてる私も同類かしら。笑。

さてと。ひと波クリアして、もうひと波。もう一つの大きな波、明日クリアするわ! 

 

☆18日付朝日新聞、仕事力、岩田弘三の巻。「出過ぎてごらんなさい」の3回目。

「もしも私が、日本では前例がないから様子を見ようと、ちまちま試していたらうまくいかなかったかもしれない。なぜなら、少しずつの変化は人には分からないからです。やるなら、精魂こめてびっくりさせる。大きな花火を打ち上げるように、驚かせ、喜んでもらう」

「『ちまちま』はやめて、いっそ目立つほど出過ぎることです。そうすれば賛同者も現れる。良くも悪くも周囲を『おっ』と言わせ、その反応で仕事力を鍛えていくのです」

ちまちま、私も嫌い(笑)。でも、こと自分のこととなると、ちまちまに納まってしまうことが、ときどきある。自分で自分の限界を無意識のうちに引いてるのね。まだまだ、だわ。もっと全てにおいて、どかーんと、それこそ、花火のように、開放的に、突き抜けたいなあ。

2 返信
  1. Taul.O
    Taul.O says:

    私の専門分野から…。
    W.A.Mozartも同じ言葉を残しています。
    曰わく「最も上手い演奏とは最も簡単に聴こえる演奏です。簡単そうに軽快に聴こえる演奏こそ最も難しいのです。」と。
    ついにW.A.Mozartの域に達せられたのですね!?('jj ')

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  2. kaori
    kaori says:

    >Taulさま
    ありがとうございます。
    恐縮です、そ、そんな、モーツアルトとは…次元がちがいます^_^;
    でも、どんなに苦労しても、表現は軽やかでいたいですね。笑

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