就職して2年経った一期生が遊びにくる。いろいろ課題を抱えて。振り返るに、24歳なんてほんとに幼稚園児みたいだった。今の知恵が当時にあれば…(T_T)(T_T)

大上段から道を語るのはこっぱずかしくて到底できないが、学生と一緒のごはんやお酒の席では、できるだけ教えている心がけ9カ条+1。自戒もこめて。こういうことを、20代のときにはっきりと教わっておきたかったから、そういう柄ではないけど、伝える。素直に受け止めて実践している女子学生がどんどんチャンスをつかんで次のステージに上るのを見るのはほんとうにうれしい。(男子学生にはちょっとコレは効かないのだな)

Be Confident

Be Positive

Be Open and Fair

Be Independent

Be Thankful

Be Mysterious

Be Quick to Take a Chance

Be Different and Enjoy your Blue Ocean

Be Proud and Never Follow Boys  (Let Them Follow You)

…Always with Smile and Grace.

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中野キャンパス隣接の四季の森公園にライトアップされているメイジロウくん。写真ではわかりづらいけど、なかなかかわいい。笑。周辺一帯は、昼も夜も、お客様が必ず驚くほどのおしゃれっぷり。

ツイッターをやっていないので、ツイッター連打的?プチつぶやき。

・釈明アタフタの都知事。カネの話より情けなかったのが、元不倫相手の品のなさすぎる暴露話と罵倒。ルール違反だろう。過去の関係を暴露することが。しかもこのタイミングで。こういう相手を選んだ都知事の「男として」のレベルが知れる。どっちもどっちか。

・こんなとんでもないリスクも出てくるから、愛人はある意味、友人以上に慎重に選ばなくてはならないのではないか? 

・「女磨きをしすぎると恋愛が遠ざかる」説。「がんばって男の人よりも稼ぐようになると幸せな結婚ができなくなる」説。女子学生にしょっちゅう相談される。それは、一面、事実かもしれない。その定説内のささやかな幸福というのもあるからね。それはそれで否定しない。でも、私の助言は違う。

・そこをさらに突き抜けていけ。限界と思われるレベルをさらに超えて女を磨け。男以上に、というか、誰よりも稼ぐ女になれ。と背中を押す。(実際、彼女たちの潜在能力は膨大なのだ。これを男性に遠慮することでムダに埋もれさせるのはもったいない)

・世間並みの幸福(って何?)という世界をさらに突き抜けていけばその先には、そのときの自分にふさわしい、ごくごく少数だが、同じかそれ以上に高いレベルの男性と出会う機会がかえって増える。同質の人間が濃密にそろうソサエティに行けば、逆に、選び選ばれやすくなる。マニュアル無用、駆け引き不要、スペック不問の、「世間並み」などはるかに凌駕する男性が現れる確率が高くなる。

・ちまちました数字で比較しあうスペックなど、あほらしいではないか。スペックなど、必要十分でよろしい(ロールスロイスね。笑)。スペック上の比較のはてに選ぶ(選ばれる)のではなく、とりかえのきかない存在として認めあうことができる。

・そんな関係においては、ライバルがいないから嫉妬もない。若さや表面上の美しさだけで選ばれるわけではないから悠々と年を重ねていける。自分が忙しければ多少の音信不通もかえってラッキー。突き抜けた世界に行けば、そんな究極にロマンチックで、ストレスのない恋愛関係を築くチャンスはかえって増える、と。

・そんな男はいない、そこまでがんばったときにはもう誰も残っていない、と彼女たちは必ず言う。だからこそ、10代20代で時間を浪費してるヒマなどないのだ。しかも、地球上に何億男がいると思っているのだ!笑。あとは幸運を祈る。くどいが、「世間並みの幸福」に収まるための妥協をしたければ、別にそれは否定はしない。そんな幸福が似合う人のほうがむしろ多いだろう。

・ただ、妥協の果てに、他人頼みゆえに不満だらけの人生、常に比較の基準が「他人」なので嫉妬でくすぶり続ける人生を送る確率と、究極の自立に賭け、ブルーオーシャンでストレスの少ない人生を享受する確率は、同じくらいではないかと思う。たとえそこでパートナーと出会えなくても、あらゆる意味において自立を果たしていれば、同質の仲間に恵まれて前者よりもはるかに充実した人生を送ることはできる(可能性は高まる)。

・どっちにせよ、未来は不確定要素だらけである。それでも、ブルーオーシャンに賭けようというガッツある少数の女子学生は、冒険に出る。めざせ、比較対象のいない青い海。覚悟を決めたら、その決断を最高にするように最善の努力をすればいい。たぶんその努力に無我で没頭している邪念のない過程にこそ、幸福がある。

仕事こぼれネタ。今回のお仕事には使えなかったけれど、あまりにも惜しいので。

文芸春秋2000年10月号、芦田淳「上流ファッション回想50年 最高にお美しかった美智子様が示された心遣い」。

美智子さまのお人柄を伝える数々のすてきなエピソードが紹介されている記事のなかの一節。というか、美智子さまのおことばの引用です。

「芦田さん、イメージを大切になさい。そのためには死守なさい。高いイメージをつくるには苦しい長い時間がかかるけれど、そのイメージも気をゆるめると一瞬にして転落するものよ。落ちたイメージはもう元に戻らない。また初めから低いイメージで出発したら、高いイメージになることはないのです」。

ラグジュアリー・ブランディングにも通じるお話。

もうひとつ、同じ記事から、美智子さまエピソード。

「老人ホームをご訪問になる時は、『芦田さん、ご老人がいちばん喜ばれる色は何色でしょうか』とお尋ねになります。冬季オリンピックが開催される時は、『表彰台に上がる時、選手たちにはどの色が励ましになるでしょうか』とお尋ねになります。ご自分が美しく見えることをお考えになるのではなく、常に相手の立場に立ってお考えになる方でいらっしゃいました」。

自分より相手ありき。相手を喜ばせることを考える。この心がけが、たぶん、愛される美しさのシンプルにして力強い普遍的なルール。自分を美しく見せたいというエゴがちらと見えたとたん、ほんとに美しくても、そこどまり。相手の心まで届かない。それを手放すのがなかなか難しいこともわかるけれど。

ゲスト講師として来ていただく予定の「matohu (まとふ)」デザイナーと打ち合わせのため、表参道店を訪れました。

「わびさび」ではなく「かわいい」でもない、もっと生活に根差していながら哲学的な日本らしさを追求しているのは、堀畑裕之さんと、関口真希子さん。

見立て、うつりの美、といった美意識を、ファッションを媒体として表現するといった知的試みを続けているブランドです。堀畑さんは、同志社大学大学院の哲学科を出てからギャルソンなどで修行を積み、ロンドンでも一年仕事をし、2008年からご自分のブランドを立ち上げました。ご自分の哲学に基づいたファッションを語る言葉も確かです。

堀畑さんが考える美が細部にいたるまでぎっしりつまった渾身の作品というコート、今年のコートとして購入してしまいました^_^; 日本のデザイナーを応援しながら日本の美を語ることができる一着、タイミングの良い出会いでした。

講義とインタビューの成果はあらためてご報告します。当日は、OPENERSの取材も入る予定です。

堀畑さん(左)、関口さん(中央)と、「matohu」表参道店前で記念撮影。

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仕事の延長で、真正面から不意打ちに飛んできた言葉。

You are the climax of my ideals.  I want to be  you.

あまりの唐突さにフリーズするしかなかったけれど、今まで生きてきたなかで最高に「肯定された」感があった、自分的には記念碑にしたいくらいの、想定外の、究極の賛辞。これまでの修行やら鍛錬やらがすべて報われたと感じられたセリフ。

あとから気づいたけれど、前半は白洲次郎、後半はブランメルがらみ。ひときわ感動が深くなる。

仕事は仕事、自分は自分。個人としての自分は仕事と切り離された別もの、という考えがぼんやりとあったが、おそらくこのくらいの年になればそうではなくなっているらしいことにようやく気がついた。仕事も自分の延長、というか仕事を含めての自分。それが他人の目に映る自分の姿。今さら自覚する(遅い…)。人のことはよく見える(こともある)のに、自分のことはまったく見えていなかった。

You are the fountain of my inspiration.

この言葉をお返ししたい(笑)。

Googlerになった教え子の朋美さんのご案内でGoogleオフィスツアーをしていただきました。六本木ヒルズ高層階、数フロアにわたるレジャーランドかリゾートホテルのような(!)オフィスには、ちょっとしたカルチュアショックを与えられました。すでにいろんな媒体で紹介されているのでいちいち驚きを書きませんが、これは働くのが楽しくなるだろうな~という徹底した仕掛けの数々。

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すっかり有名ではありますが、ぐーぐる湯。細部の細部にいたるまで、とことん本格的な銭湯風。富士山の絵も、国内に2人くらいしかいない専門の絵師を呼んで描いてもらったものだとか。「男湯」「女湯」(という名のミーティングルーム)からは本物の富士山が見える。

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すれちがう社員のみなさまも、クールでおしゃれ。というか女性社員は美女ぞろい(@_@;)


偶然ですが、数年前、明大にレクチャーに来てくださったデイヴィッド・マークスさんもグーグルの広報部長として勤務していました。当時はまだハーバードを出て日本の大学院を出て日本の消費行動などを研究してたかと。

都内を見下ろすガラス張りの社員レストラン(日替わりで各国料理の専門のシェフがくる。フリー。社内にいたるところにある飲食施設は、自動販売機にいたるまですべてフリー)で、3人でタイ料理のランチをしつつ、デイヴィッドが執筆中の日本の戦後メンズファッションの本(英語)の話を拝聴。ヴァン、倉敷のデニムと制服の関係、裏原などに関する知識は日本人の、いちおう専門家に近い立場の私も知らないほどマニアック(褒め)だし、話す日本語は、日本人以上に美しかったりする^_^;。

これを、グーグル社員の仕事としてではなく、個人としての趣味(?)研究、としてやっちゃうというのは、どれだけ優秀なんでしょう。

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身長190㎝超のデイヴィッド。日本ファッションのディープでクレバーな理解者として、来年あたり、再び大学にゲストとしてレクチャーに来ていただく予定です。

という仕事のいいご縁がつながるのも、朋美さんに10年ぶりくらいに再会したバーニーズのパーティーのおかげ。あのときは知人が関わるイベント3件のハシゴで疲れも限界近くきてましたが、ムリしてよかった。徹底して遊ぶと良い効果が生まれます、やはり^_^;

BLBG社長の田窪寿保さんをお招きし、英国のラグジュアリービジネスをテーマにお話しいただきました。

ブランディング、ラグジュアリー・マーケティング、イギリス人とのビジネス、アントレプレナーシップ、英国らしさとは、ジェントルマンとは、アメリカとの違い……などなど、イギリスとのビジネス最前線の現場のなかから見えてくるお話は、たいへん興味深いものでした。

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・ブランディングにおける「落差」の生かし方と「ルール」を貫くことによる差別化

・常識を疑い、常識の「逆」を行くことがブランディングの基本
    →Virginが恐竜のようなBritish Airwaysに対抗するためにとった戦略は、飛行機での旅をエンターテイメント化する、という無茶苦茶な発想だった。
  →フォックスの傘は、「閉じると美しい」。傘の常識の逆を行って勝利
・需要があるときにこそ「絞る」ことの重要性。売れるときに売れ、では長生きはできない。
  →スマイソンは、ロンドンオリンピックの時、店舗を閉めていた!
 
・「本当に好きなものを言うこと」の重要性(いかに「変わってる」かが大事)

→イギリス人社会にはいじめがない。だれもが「変わってる」ことを尊重するから。
・「クラブ」に入ると「話が早く」なること
・「本物のジェントルマン」は、(サムライのように)今では姿・形がなく、心の中にあり、自分なりのルールをもっていること
・Nobody is perfect. 完璧なモノはないが、あなたの愛情によって、完璧になる…という発想もあり
・言い訳のない人生を送るためにどうすべきかということ
・ピンチのときにはブレーキではなく、アクセルを踏め
・ロジックを鍛えろ。海外ビジネスで「土下座」は通用しない。

などなど、就活生にも、参考になること多々。

究極のブランディングの目標は、「代名詞」になること。
旅行鞄=グローブトロッター、カステラ=文明堂、みたいに。
そのための「自分軸」と「時間軸」をつくることが重要、と。

さらに、「自転車操業」=「たえず新しい冒険を仕掛け続けていくこと」の必要性も。
ビジネスの現場の話はやはり生々しくて刺激的です。人としてどうありたいかという話としても響いてくる。
私がいちばん楽しませていただいたかも^_^;

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 、

 

島地 勝彦✖️三橋英之『乗り移り人生相談傑作選 1  男と女は誤解して愛し合い  理解して別れる』、届きました。
男と女の深い真実がぎっしりの一冊。

巻末の座談会に参加しています。

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この座談会は、実はここに収録されていない後半が面白かった。フツー、男は飲めば飲むほど話が堕ちていくものだと思っていたが(すいません)、このときは、飲めば飲むほど話が高尚でアカデミックに深まっていったのである。

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で、あまりにもこの本のテーマにそぐわなくなるほどピュアな学問になっていったので、編集ミツハシさんによれば、それはまた別の機会に読者にお目にかけたい、とのことでした。

私も日々ものごとが忘却の彼方へ流れていくので、あのときのお話をぜひ活字で読み直したい思い。というか、活字になったら「初めて聞く話」に思えたりするんだろうなあ^_^;

対話は一回だけ、その場だけのものだからこそすばらしい、という考え方もあるにはあるけれど。

同じ「忘れていく」のでも、文字通り、さらっと流していっちゃうのと、一度文字にしてから忘れてしまうのとでは、あとから意味が全然違ってくる。

と思いたい。

☆関係ないけど、昨日、長年の間、自分にはできるわけがないと思い込んでやらなかったことを、はじめてやり遂げた。なんとか、ひどい状態でありながらも、できたではないか。妨げていたのは、私自身だった。それにうすうす気づいていたけれど、こわくていろんな理由をつけて殻を破れなかった。エゴなど手放して無防備になれば、「限界」なんていくらでも突破できる、というか、ない。はたから見れば拙い、滑稽な一歩だけど、私にとってはとても大きな一歩だった。手に余るものばかり引き寄せてしまい、無理難題な試練が続々とふりかかってくる気がするけれど、逃げずに乗り越えたら一回り晴れやかな宇宙に包まれる。

不可能に見える壁を乗り越える秘訣は、エゴの放棄と無防備、と悟る。無になるまで没頭する。それだけのこと。アタマでわかってはいても実際にその境地にたどりつき、そう「なる」までが、闘い。

7日(木)の夜会。スペインの陶器ブランド、リヤドロ主催、スペイン大使館後援の、日本スペイン交流400年記念チャリティガラディナー。マンダリンオリエンタル東京にて。

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200人超のタキシード&ロングドレス(とお着物)のボールルームは壮観。マンダリンは照明が暗めで色っぽくて、こういう装いがしっくりなじむのですよね。中田英寿さんも協力、大地真央さんや室伏広治さんなどのお顔も。(1613年にスペインに派遣された慶長遣欧使節団の大使)支倉常長の子孫にあたる方も参加とか。

売り上げの一部が寄付されるチャリティオークションでは、「スペイン大使館公邸での一組限定特別ディナー」とか「ウー・ルーチンによるプライベートコンサート権」とか「森田泰通デザインのリヤドロ製の馬」とか、限定感たっぷりのものが出品され、スタート価格から2倍、3倍、ときにはそれを超えてばんばん落札されていく。売り上げの一部はチャリティに回るそうです。落札者のひとり、あるお着物の方は、虐待されている子どもたちを救う慈善活動をされているとかで、その活動をこうした場に来る人たちに知ってもらいたい、とアピール。これもリシェス・オブリージュの一つの在り方?

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先週の京都のパーティーでご一緒したばかりのVerbalとも再会! オークションにはVerbalの新作に「出演」する権利も出品されていて、高価格で競り落とされていました。

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サングラスをかけてないと気さくでやさしい笑顔の持ち主なのですが、写真を撮るときにはさっとサングラスをかけてクールに決めてくれます。そんなイメージの集積が(アーティストとしての)ブランドイメージになるのですね。ささやかな努力の積み重ねが大きな結果の違いを生む。見習わねば。

翌日、神戸まで足をのばしてファッション美術館、待望の「日本の男服」展。

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学芸員の百々(もも)徹さん渾身の企画が実現した展示で、官服として洋服が取り入れられた1870年代あたりの服から、三島由紀夫の「楯の会」の制服、VAN、Edwardsを経て現代にいたるまでの日本の男服の変遷。

ギャラリートークをあとに控えていたにもかかわらず、百々さんが一点一点、丁寧に解説してくださって、わかりやすさ倍増でした。くろすとしゆきさん寄贈のコレクションの前で記念写真。

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初期の大礼服の壮麗さと迫力。いまではここまで手間暇かけたものは作れないのではないか。

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明治初期のフロックコートにはウエスト切り替えがあり、ラウンジスーツにはない。ラウンジスーツのパターンもいくつかあったが、かなり自由にバリエーションを遊んでいた印象。ラウンジスーツは作り手にとっても、手間が少ないスーツでもあったわけですね。ゆえに大量生産にも向いていた。

第二次世界大戦中の「国民服」甲・乙も。甲(右)についてる縦ポケットは、仕立て技術の観点からみるとかなり手間がかかるものなのだそうです。束帯かなにかの代わりの装飾的機能を果たし、天皇陛下に拝謁するときにも恥ずかしくない服、として着られたのではないかとのことでした。これにベルトがつくのが正式。

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60年代がやはり男服の分岐点で、60年代以降、イメージとしての消費が始まる(=ファッションのはじまり)。決められ、着せられた服から、着たい服へ。その分岐点にあったのが「楯の会」の制服、という百々さんの解釈に、なるほど、と。

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写真ではたびたび目にしていたけれど、はじめて目の当たりにする現物。どこかSFチックな印象を受けました。この服は、公的には「五十嵐九十九さんデザイン」ということにはされているのですが、実際は…という裏話。実際は、九十九さんの先生でもあったポール・ボークレーさんのデザインだったのだそうです。しかも、裏に「西武百貨店」のロゴがついているけれど、これは100人分の制服を、西武の堤さんが提供したためにこうなってるのだとか。

また、50年代の保守派のスーツ、それに対するアンチテーゼとしての黒人ジャズマンのスーツを並べながらの解説も面白かった。太いラペルに対して、極細を作ってみる。ゆったり一つボタンに対して、タイトな三つボタンを作ってみる。パッチポケットに対して、フラップをつけてみる。などなど、男服の「抵抗」はあくまでスーツのシステムの中でおこなわれていた、と。11220137

システムとしては変わらず、融通自在に変わり続けていけるという、「制約のなかでのフレキシビリティー」こそがスーツ長寿の秘訣というわけですけれど。

圧巻が、石田洋服店の石田原さんが作成した、アナトミー・オブ・ザ・スーツ。スリーピーススーツを解剖すると、202点の「断片」から成る。これが立体になって服になるというのはやはり驚き。

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神戸マイスターのひとりでもある、テーラーの佐伯博史さんの仕事ぶりがわかる10分間の映像もいい。肩の部分の曲線をどのようにスムーズに仕立てあげて(いせこんで)いくのかがよくわかる。

ほかにもたくさんの語りどころがあったのですが、またどこかの機会で。

ご近所の石田洋服店にも立ち寄りました。石田原さんとも久々に再会。

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キヴィアック、アイベックス、ベビーキャッシュなどのレア素材にも触れさせていただきました。こういう素材でコートをつくると、生地代+お仕立て代で60万超えに。でも素材を確保するための困難やエシカルな気配りの背景を聞くと、その価格にも納得。地球の文化を着る、みたいな。

CNNが選ぶ「世界10大ファッション美術館」の一つにも選ばれた神戸ファッション美術館ですが、維持していくのも決して簡単ではないと聞く。アメリカのファッション美術館のように、「100年後の子孫のために今買い付けておく」という思い切った投資がしにくいようです。ファッション文化に対する考え方のトータルな底上げも必要なんですね。

景気が厳しいときにはまっさきに予算を切られがちな分野ですが、このフィールドにおいて図らずも仕事を与えられ続けているのもなにかのご縁なのかもしれません。気負わず奢らず、必要とされればできる範囲でお役に立っていこうと思い直した日。

西陣織の老舗、細尾さんが展開するHouse of Hosono 一周年記念パーティー。

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若手のクリエイターが、老舗の技と現代感覚をもって世界に打って出るGo On。東京でもなかなか会えない方々が大結集の感。モダン&グローバル京都の勢いを実感したエキサイティングなパーティーでした。Go Onのメンバーは、このような方々(詳細は、Go Onリンク先に)。

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ロンドンのV&Aにもパーマネントコレクションとして展示してある茶筒で有名な開花堂の銅製茶さじ。取締役の八木隆裕さんがその場で名前を入れてくださいました。

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そのあと、Beyond Kyoto 立ち上げのディナー。洛陽荘にて。

多彩なジャンルのクリエイターの方々、英Wallpaperはじめ各国のジャーナリストの方々とも京都でお会いできて感激の夜。左からWallpaper副編集長Richard Cook氏、中野、靴デザイナーの串野真也氏、細尾の若き後継者、細尾真孝氏、デザイナーの三原康裕氏、ミュージシャン&アクセサリーのAMBUSHにも携わるVerbal Jint、そしてJapan Handemade Creative DirectorのThomas Lykke氏。

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この日、バースデーボーイでもあったMr. Thomas Lykkeが着ているジャケットは、服地が細尾の西陣織で、お仕立てはイタリアのPal Zileri Milanoだそうです。細尾さんのスーツも西陣織で、三原康裕さんのお仕立て。

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暗い照明下の写真ではわかりづらいですが、左が西陣織スーツを着る細尾さん、西陣織スーツというのは、相当ゴージャスです。右端が作業パフォーマンスもスーツの盛装でやってのける八木さん、隣がマルタン・マルジェラのスーツがお似合いの串野さん、中央が三原さん、前方に座っているのがVerbal。みなさまそれぞれにただ者ではない気配を発していらっしゃいました…。

最近、勢いのいい京都の若手、とりわけ老舗の後継者。グローバル基準のクリエーションときめこまやかなおもてなしの心にふれることができて感激。伝統を次の時代へ引き渡していくためには、世界へ積極的に開いていかなくてはね。