おもろいです。現在の日本にはびこる文化系女子図鑑は、「いるいるいる」と笑いながら納得。とくに、自己ブランディングとやらに血道をあげ、SNSでやたら文化的記号をアピールしているにもかかわらず、実は「好きな映画監督」の映画一本も見てなかった、みたいな「文化を利用する輩」に対する揶揄が痛快。「そういうお前はどうなんだ?」という突っ込みをあらかじめ想定し、湯山さん自身のカルチャーとの付き合い方の来歴もきちんと説明している。最後は湯山版「人生論」&「実践的教養のススメ」に着地。

文化教養は癒しでも逃げ道でもない、生きる根本的力になりうるという力説、もっと多くの人に伝わってほしい。文化的アクセサリーだけまとった自己ブランディングとやらにエネルギーを注ぐ暇あれば本を一冊読んだほうがいい、ということは私も「東京ウーマン」でインタビューを受けたときに話したのだけれど、表層だけかっこいい「ブランディング」は一時間も話すとすぐはがれてかえって哀れに見える。湯山さんも本の中で「当時あんなに大勢いたあの人たちはどこへ行ったのか?」みたいなことを書いているが、どの世界であれ、継続・発展していこうとすれば、必ず別の世界との接点を持たざるを得なくなる。そのときに起きる衝突を「読み」、超える力を与えてくれるのも、やはり文化教養だったりするのだ。

「きゃりーぱみゅぱみゅ女子」分析もいいなあ。「リア充あきらめ&ファンタジーの国日本での強力なコンテンツ」「異形すら許してくれるようなサンクチュアリ」。

「泣ける」映画に価値をおかれる偏狭な時流にも一矢。


教養つながりで。クーリエ・ジャポン、最近、相性があうのか毎月買っている。6月号の教養入門も楽しかった。ソクラテスが富裕層の「異業種交流会」をやっていたという小ネタも。

「ソクラテスはなにかの真実について語ろうとしたわけではなく、会話の中で質問を繰り返すことで、相手に相対的なものの見方を促そうとしたのだという」


こちらも教養つながり、センス・オブ・プロポーションにあふれ、人格円満な斎藤兆史先生の「教養の力」。教養とはけっきょく、自分の知らない世界を知り、人間を深く理解することを通して「人格」を養うためのものであるという王道を守り抜く宣言、ちょっとナミダする。いや、「泣ける」ことに価値をおいてるわけじゃないんですけどね(笑)。

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