年賀状を送るのもいただくのもうれしい。お送りいただいた年賀状にケチをつける気は毛頭ありません。

ただ、何百枚もの年賀状を交換するなかで、これはいかがなものだろうか……と思わざるをえない年賀状がときどき、存在する。

大きな余白があるにもかかわらず、まったく一言も手書きの文字が添えられていない印刷済み年賀状。とりあえず、出しましたからね、新年のあいさつは済ませましたからね、と葉書が冷たく告げているように見えてくるのは私だけか。すくなくとも、私はこの「虚礼」感はちょっとキツイと思うので、せめて自分が送る年賀状にはなにか書いておこうと誓う。

とはいえ、その一言がたとえば、「お元気ですか?」という殴り書きだったとしたらどうか。とりわけその言葉の主が後輩とか教え子だったりすると、かちんときたりするのは私の心が狭いせいか?(笑) だから、とりわけばりばり仕事でご活躍中の方には、決して「お元気ですか?」とは書かないようにしようと誓う。

また、何十年も年賀状を送り続けてくださるのはほんとうにありがたく嬉しいことなのだが、宛名の住所を毎年「変更お願いします」とお願いしても、変わらず間違ったままになっているというのもいかがなものか。これにはちょっと虚しくなる。だから、年賀状をいただいたら必ず相手の住所は正しく登録されているか再チェックするようにしようと誓う。

それほど親しくもない人の、顔を見たこともないお子様の成長写真。これについては多くの人がいろいろな意見を公言しているが、私は慣れてしまってもはや何の感情の動かない(^-^; いいんでないの?(私も太古の昔にやらかしたことあるし…)

なんてことまで気にしながら、一枚一枚、気を抜かずに何百枚も短期間に書くのは厳しい作業である。意識が遠のいていくと定例文「ご健康とご多幸を祈ります」が増え、これはこれで相手に不快感を与えている虚礼かもしれないなあ申し訳ないなあなどと思いながらとにかくどんどん書く。

虚礼でもなんでも、人のご縁はお宝である。虚礼だからやめるという人も多いが、私は虚礼であれ失礼であれ(笑)、細々としたつながりでも続いていることはとてもありがたいと思っている。ちょこっとケチつけたみたいでごめんなさい、虚礼を憎んで人を憎まず。私の虚礼もどうかお正月ということで寛大にお許しください。I LOVE YOU ALL.

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