「文は織物の文(あや)、理は石の肌理(きめ)」

2016年4月8日

朝日新聞4日付「文系で学ぶ君たちへ」。やっぱり鷲田先生は羅針盤。「すべての研究は『文』に通ず」の王道&ロジカルな学問論に感動します。

「文と理は対立する学問ではないんですね。一つのことを両面から探るのが学問なのです。もっと言えば、言葉の意味でも対立しません。文は織物の『文(あや)』、理は石の『肌理(きめ)』、どっちも模様ないしは筋のこと。見極めようとするものは同じです。だから、大学ではみなが文を学ぶんだと思ってください。ちなみに、文化の文に対立するのは『武』です」

「大学というところは、目下の仕事に取り組む人の代わりに、あるいはその委託を受けて、役に立つか立たないか分からないことでも必死に探究するところです。100年後にどういう社会になっていればいいのか、いま何をすればいいのかと考えるときに、歴史学や哲学は数千年前までさかのぼって、具体的な事例、論理的な可能性を丹念に調べる。そして、短絡的な視野とは別の可能性をいまの時代に示せるよう準備しておく。それが学問の役割です」

「視差という言葉があります。見る目が二つあって、ものは立体的に見えます。幅広い視野を持つ、でかい人間になってください。物事を多くの面から見られる人、多くの人に思いをはせることのできる人に」

新学期が始まります。あらためて、心したいタイムリーな記事でした。

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六本木ヒルズの桜の風景。 4.6.12

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