ヨーロッパの文献を読んでいると必ず出てくる「社交界(ソサエティ)」ということば。

修業時代(いまもあつかましくその延長のつもりではいますが)の私はなぜ「社交界」がそんなに重要なのか、しばらくわからないでいた。仕事さえできれば、そんなに人付き合いに神経を使うことはないのではないか、と。でも、実際にハードに仕事生活に入ってみると、人間が仕事をする以上、社交における人のふるまいをみるということは、仕事の成果を左右するほど重要なことになるという経験を何度も味わいました。

ブランメルも、オスカー・ワイルドも、ディズレーリも、社交界で人気者になり、キャリアを獲得していったのだった。そしてブランメルが失脚したのもワイルドが失脚したのも「社交」でのふるまいだった。

で、ここ数年、SNSの拡大にともないソーシャルイベントも増え、人の行動を観察しているうちに、

社交上のデリカシーのない人は仕事でも大成していない。

ことがありありとわかるようになりました。

たとえば、相対する立場にあるAさんとBさんがいるとする。
どちらとも仲良くするのは、あなたの自由です。
しかし、Bさんと頻繁に楽しそうに会っている写真をアップし続ければ、
Aさんが不快に思うのは当然。

その結果、Aさんとの関係がどうなるのかを受けとめる覚悟をもって「自由」をやってください。ということですよね。

そのあたりのデリカシーに対する自覚がない人を、たとえば私が社長であれば、ふだんは適当に泳がせておいたとしても、大切な取引先との交渉をまとめる仕事には決して起用しません。

このような振る舞いを、悪気もなく(何が悪いのかにも気がつかず)、自由が許されるプライベートだからといって平気でできるひとは「八方美人」とも呼ばれてきました。本人としてはあちこちで楽しくやって八方よし、というつもりでいても、いざなにかことが起きた時、適当に楽しくつきあっている方々はみなあっさりと離れていく人たちばかりではないでしょうか。

英語のことわざにも似たようなことを言っているものがありますよね。

Everybody’s friend, nobody’s friend.(みんなの「友だち」はだれの「友だち」でもない)

Everybody’s friend is true to none.(みんなの「友だち」は誰に対しても誠実ではない)

仕事を成功させるには、周囲の信頼が不可欠です。そして信頼は、本筋の仕事以外の、ほんのささいな、デリケートな問題で、損なわれていきます。

私もひょっとしたら無自覚になにかやらかしているかもしれない、ということに自戒をこめて、ですが。

 

 

 

 

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