アカデミックなレベルを上げて、抽象度を少し高くしていくと、相応の高いレベルの読者や聴衆が集まりますが、主催者ないし出版社が本音で求めている「数」が伸びません。また、このレベルの方々は控えめであることが多く、「後パブ」(SNS投稿)もしないので、結果、往々にして「次」の機会が失われていきます。内容的には非常に有意義であるはずなのに。

間口を広げ、簡単で卑近でわかりやすく、つまり「親しみやすく」していくと、「数」だけは驚くほど集まり、後パブも圧倒的に華やかなので、主催者ないし出版社はたいへんに上機嫌になります。しかし、虚しさや徒労感がどこかに残り、アカデミックな世界からは軽視されます。

抽象度を上げてアカデミックレベルを高めていくと、いわゆる現場のファッション業界の方々には相手にされません。

新しいトレンドが生まれるファッションオケージョンに参加したり、企業とコラボして記事を書いたりイベントに出たりしていると、アカデミズムの方々から冷ややかに見られます。

 

誤解をおそれずに言えば、「人種が違う」という印象です。敵対しているわけではなく、住む世界も使う言葉も、さらに着る服まで違う。棲み分けられているのです。

どんな世界にもジレンマはあろうかと思いますが、どちらも必要なはずのファッション学をやっていこうとするのもなかなか孤独な闘いです。どっちもあり!でブルドーザーのように進めるタフネスと器を身につけたいものですが。

所属や枠や世間の偏見にとらわれず、チャンスが与えられるかぎり、とりあえずできることはやってみます。日々挑戦、と言えばハズカシイですが、日々新しい実験、の気分です。

集めた「数」の多いほうが勝ち、という世界の、有無をいわせぬ論理にやられてやや疲れ気味の朝のつぶやきでした。

 

 

 

 

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