サマセット・モームが晩年に書いた戯曲『聖火』(The Sacred Flame) 、行方昭夫先生訳で、講談社文芸文庫より発刊。

 

舞台は第一次世界大戦後のイギリス。一見、幸福そうに見える上流家庭。事故で半身不随になった、でも快活にふるまっていた長男が、ある朝、謎の死を遂げる。殺人だと主張する看護婦、長男の妻、弟、母、母の古い友人、主治医らが集まり、アガサ・クリスティ風の謎解きのなか、一人一人の秘密が明らかになっていき……。

愛といっても人の数だけある。母子の愛、男女の性愛、男女の友愛、純愛、兄弟愛、嫁姑愛、人間愛をモームは描いていますが、最後はなにかとても大きな愛の複合体に包まれて、泣けます。

謎解きが進行するなかで、モームならではの、イギリス的な本音と建て前に対する考え、道徳観、人間観、死生観が展開されていきます。これだけの「人間の真理」をミステリーのなかで書ききるという筆力に本物の作家の底力を見るし、それを滑らかに一気に読ませる行方先生の訳もすばらしい。

巻末には行方先生による解説と、モームの詳しい年譜がついています。

ブルーのグラデーションを背景にゴールドで印字されたタイトル。装丁から美しいので、プレゼントにもいいですね。重箱の隅をつつくような糾弾がはびこり、浅薄な価値観だけで完膚なきまで人を引きずり下ろすような、不寛容でぎすぎすしている現代だからこそ、表面的な「善悪」を超えた深くて大きな人間愛の様相を描く「問題作」の世界が、癒しになります。

晩年のモームがこれを書いたのは、観客や劇場支配人のためではなく、「自分の魂の平穏のため」だそうです。ひたすら自分の内部に沈潜して書き上げたものが、結果として、時を超える普遍性をもったのですね。

 

先日、行方先生とお話する機会があったときに、この本がこのような形で世に出ることになった経緯を伺いました。他の出版社から出ることになっていたのが、諸般の事情でだめになり、あきらめて放置していたところ、ひょんなきっかけで親しくなった新日本製鉄の副社長さんが講談社につないでくださったとのことです(この話はあとがきにも書いてあります)。偶然の出会いが必然の縁となった、とてもモーム的なお話。

 

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