Outlander (season 1)。1945年に生きるヒロイン、クレアが、夫とスコットランドに旅行したときに、ひとり18世紀にタイムスリップしてしまう。そこで運命の男性、ジェイミーと出会い、波乱に富む(富み過ぎる)ドラマに巻きこまれていく……。

想像をはるかに超える、圧倒的な力をもったドラマだった。18世紀のコスチュームドラマとしてさわりだけ見ようと思ったらそんな生易しい世界ではなく、否応なく引き込まれ、16話あっという間に観終る。

18世紀のスコットランドの生々しい情景。壮大な自然の美しさ、本物のキルトばかりではなく、下品で粗野な(でも心優しい)男たち、ゲール語、不衛生そうな染色の風景、食卓の光景、出産時の状況、出産後の女の乳の出がどうなるか問題、貧しい(けれど当時の農民にはそれがふつうの)生活、魔女狩りなどが一切の美化なしに、何もここまでと感じるくらいに生々しく描かれる。イングランド軍がいかにスコットランドに対して残虐な愚行をしていたのかということも容赦なく。

傷の手当てをするときの生々しい描写。鞭打ち、拷問、絞首刑など、グロテスクすれすれの残虐なシーンも容赦なくリアルに描ききる。そして最後の最後、15、16話の地下牢のシーンでは、身体だけではなく魂の尊厳までをもこれでもかというくらい痛めつける、サディズムの極致といった場面が出てくる。見ているほうが正視に耐えられないくらいの、限界越えのシーンが延々と続く。

同様なリアリズムがラブシーンにも貫かれている。これほどリアルで丁寧で美しい愛のシーンもないだろうというくらいの、原初的で感動的な愛の描写。

つまり、バグパイプの音色とともに、甘美の極みから辛苦の極みまで感情をゆさぶられ続ける。

クレアを演じるカトリーナ・パルフ、ジェイミーを演じるサム・ヒューアン、目が離せなくなるほどすばらしく魅力にあふれているだけでなく、ジェイミーにいたっては、恋する男の美しさから、死んだ方がましなのではないかというほどの苦痛に耐え忍ぶ姿まで、実に生々しく見せてくれる。

悪の権化、サディストのランドル(1945年のクレアの夫と一人二役)が、これまた人間ではないくらいに残虐の限りを尽くす。

大ヒット小説のドラマ化。日本での宣伝コピーには「胸キュンの…」なんて出てくるが、そんな甘いもんじゃなかった。むしろハードコアである。真剣勝負でここまでのものを作った制作者に敬意を表します。

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