週末に開催された「イギリスを知る会」の新年会、新橋にあるアイリッシュパブ”The Irish Times”にて。新橋のあの猥雑な雰囲気のなかに次元スリップしたようにアイルランドのパブがあらわれる。スポーツ観戦しながらエールを飲みパブフードを食べながらカジュアルに社交する、アイリッシュスタイルそのままのパブ。

 

「イギリスを知る会」は1990年4月から活動を続けている、ボランティアで運営されているイギリス愛好者の会。奇数月の第二土曜に講座や懇親会が行われています。バラエティに富んだ講座は、有名講師ぞろいでかなりレベルが高く、参加者もニッチな分野で「好き」を極めてそれをビジネスにしてしまっているような、ハイパーオタクが多いように見受けられました。こういう、自分の分野を極めた方々っていうのは、案外、外に対してオープンに開いていくことが多いですよね。この日、私は伝統ある会のなかではアウェイ感がありましたが、新参者に対してもオープンにあたたかく接していただきました。分野は違えどイギリス愛は同じ。マニアックな知識やわが道を行く生き方に触れ、自分はまだまだ究め方が浅いことを痛感。ジェントルマン論を究めるなら、王室メンバーの前でそれを講演できるほどの見識がないと話にならないのですよね。刺激を受けたよい会でした。

 

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以下、上の会がすてきだったので、逆に日頃、気になっていることがあぶりだされ、一言。

1月のこの時期はほぼ毎日のように新年会やオープニングパーティーがありますが、客を招いたホストあるいはホステス側なら絶対に心掛けてほしいことがあります。それはゲストとゲストをきちんとつなぐこと。ギャラリーオープニングなどに見られる光景ですが、ホストがこの努力を完全に怠っているために、せっかくいらしていた大勢のすてきなお客様たちがそれぞれ、ぽつねんと手持無沙汰で立ちつくし、笑顔のない殺伐とした雰囲気が流れていることがあります。こういうホストは選ぶ展示作品もひとりよがりだったりするので、作品をじっくり鑑賞する気にもなれない。社交のセンスと芸術のセンスは比例するものだ、と実感して帰ることになります。このようなレセプションをおこなって平気でいられる神経の主催者は、早晩、名前を聞かなくなります。

自分から見知らぬ人に話しかけるというのは、とりわけ日本人にとってはハードルが高いと思われます。ホスト側のスタッフが、お客様に虚しい思いをさせないために、話が合いそうな初対面どうしをご紹介していく。この努力をするに尽きます。食べ物、飲み物の心配などその次でいい。食べにきてるわけじゃないのだから。似た関心でつながるゲストどうしのネットワークが生まれることは、自分自身のネットワークを強化していくことにもつながるということ(それがひいてはかけがえのない資産になること)、せっかくパーティーを開いて人を招いたなら、そのくらいの想像を及ぼしたいもの。貴重な時間を割き、花を持参し、高いタクシー代までかけて出かけながらヒマな思いをするためだけに時間を空費させられた客は、主催者に対しての評価も一気に下げるものですよ。

 

 

 

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