DVDで「ズーランダー」観る。なんでもっと早く観ておかなかったのか!!!と強烈に後悔したほどの痛快な面白さ。メンズモデル界のばかっぽさと能天気な楽しさとが、愛情と皮肉をたっぷりまぶして描かれていて、爆笑しつつ、しみじみ笑い泣きさせられました。ベン・スティラー、オーウェン・ウィルソン、ウィル・フェレルと好きなコメディアン大集合。

不況期の80年代ブーム(不況なのに好況期に登場したものが流行する)って、コンプライアンス(社会的要請への適応=全方向にいい顔をしなくてはならない)の時代の象徴かと思っていたのだが、そうではなくて、あの名曲「リラックス」に集約されるものだったのかもしれない、という気づきもあり。ファッション界って、ほんとうにくだらないところもあるが、その軽さなくしてファッションの魅力はないこともあらためて実感する。

10年ほど前の映画で、当時の有名人がぞろぞろとカメオ出演している。トム・フォードもいるしヴィクトリア・ベッカムも。一方、「あの人は今?」の人もちらほら。クリスチャン・スレーターはあまり話題作で見かけなくなったが。

「アバター」を観にいく。あまり期待しないでいったのだが、予想外のすばらしい驚きにのめりこむ。一瞬、一瞬が、見たこともない美しい映像の連続。語られるのは、人類が古くから何度も懲りずに繰り返してきた(今もやっている)愚行と、その愚かさに警告を与える神話的な物語。そんな骨太の物語と、今現在最前線で起きつつあって、将来実際に生まれかねないSF的近未来の、あまりにも美しい融合。製作者の熱いメッセージも、しかと伝わってくる。

久々に、「終わってもすぐに立ち上がれない」ほどの映画らしい映画世界を堪能した。2時間半と長かったが、もっともっと、パンドラの星の世界に浸っていたかった。いちいち驚かせる、1600ショット(!)。 これだけのものを作り上げるのにどれだけの時間とエネルギーと情熱を要したかと想像すると、製作者の労力に、心から敬意を表さずにはいられない。これを乗り越えなくてはいけない後世の映画作家に思わず同情してしまったほどの、記念碑的できばえだと思う。

ゴールデングローブ賞にはすでにいくつかの部門でノミネートを受けているようだが、個人的には、ぜひとも作品賞をあげたい。

ニューヨーク・タイムズ 「Tマガジン」、2000年代における各年で、もっともファッションに影響を与えたスタイリッシュムービーが選出されていた。

http://tmagazine.blogs.nytimes.com/2009/12/29/naughtie-behavior-the-decade-in-film-style/?ref=mens-fashion

2000年 ハイ・フィデリティ

2001年 アメリ

2002年 キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

2003年 ロスト・イン・トランスレーション

2004年 君に読む物語

2005年 ブロークバック・マウンテン

2006年 プラダを着た悪魔

2007年 善き人のためのソナタ

2008年 スラムドッグ&ミリオネア

2009年 500日のサマー

納得の選出で、各映画につけられたコメントも秀逸。スラムドッグ&ミリオネアには「ボリウッドのカレイドスコープワールド」なんて表現が与えられていて感心したが、たしかにこれを観て、生まれてはじめて黄色ベースのワンピースを買ったりしたほど影響力は大きかったのであった・・・(恥)。

それにしても、「アメリ」も「ロスト・イン・トランスレーション」もついこの間の映画のように思っていたのだが、もうそんなに年月がたっていたことにガクゼンとする。

「ハッピーフライト」「アマルフィ」をDVDで鑑賞。

「ハッピーフライト」は元CAの畏友アケミさんの強力推薦あり、DVDを手元に置いておいたままずっと観る機会を逸していた。ただでさえ大きかった期待をはるかに上回るおもしろさ。綿密で広範なリサーチに支えられた情報が、大きな愛をもって、映画の中で丁寧に生かされている。そんな作り手の姿勢になによりも心打たれた。

CAの青竹踏みつつの立ち食事、コックピット内の操縦士の食事(万一食中毒にあたったときのために2人で同じものを食べることはしない)、などなど、リサーチが生かされたほんのワンカットのシーンがきめこまかく積み重なって、リアリティが楽しげに躍動している。飛行機一機を無事に飛ばすために、機内のスタッフばかりでなく整備士、地上スタッフ、管制官、バードウォッチャー、実にたくさんの人が真剣に働いていることにもあらためて感動したが、それぞれの仕事をさりげなく紹介しながらさしはさまれる、小さなエピソードも見ものだった。なかでも、チーフパーサー役の寺島しのぶのカンロクの接客が印象深いが、やはりグランドスタッフの田畑智子のエピソードが好きだ。スーツケースをまちがえてもっていった客を追って、走り、転んでも起き上がり、メガホンを奪ってバスを止める。ガッツのある仕事っぷりに、客の男が心打たれて思わず誘ってしまう、というのがいい(笑)。「ハッピー」は、接客であれ、整備であれ操縦であれ、映画製作であれ、仕事に向き合う真摯な姿勢から生まれる、というメッセージがあたたかく伝わってくる傑作。

「アマルフィ」はこれまた不思議な映画。世界遺産をこれでもかと映し出す、豪華なローマロケ。織田裕二、天海祐希、佐藤浩市といったギャラも演技のレベルも高そうな俳優陣。なのになぜかケミストリがどこにも生まれてなくて、画面からは色気がかけらもたちのぼってこない。最後まで感情がほとんど動かされない。印象的な音楽がBGMに流れ続ける美しいローマの風景を堪能した・・・・・ということで満足することにする。

「ジュリー&ジュリア」。アメリカにフランス料理を紹介した50年前のジュリア・チャイルド(メリル・ストリープ)と、彼女の料理本のレシピ524を365日で再現してブログにアップするというプロジェクトを進めるジュリー・パウエル(エイミー・アダムス)の人生が交互に描かれる。

悪人はでてこない、不倫も不道徳も悪行も描かれない、ひたすら善良で幸福で夫婦愛に満ち、食べる幸せと生きる喜びがあふれるお話なので、退屈になってもおかしくはない映画なのだが。ノーラ・エフロンの本領発揮で、精緻な細部を丁寧に積み重ねていくことで、上質なコメディに仕上がっている。カン高い声でしゃべる185センチの大女ジュリアを演じるメリル・ストリープは安心して見ていられるし、だんだん太っていくエイミー・アダムスもかわいい。彼女たちを支える夫役の、スタンリー・トゥッチ、クリス・メッシーナも、ちょっとした戸惑いや不快感の表し方まで巧い。とにかく食べっぷりがすてきである。スタンリー・トゥッチは、どこかで見たことが・・・と思っていたら、「プラダを着た悪魔」で主人公を変身させるあのヒトだった!

遠いところにある「絵に描いたモチみたいな幸せ」を見ているような印象も受けたが、それはまあ、完璧な幸福に満たされた彼女たちに対する羨望とウラハラかもしれない。おそらく「誰からも嫌われない」映画ではあろう。ジュリアもジュリーも実在の女性であるというのが、興味深い。ジュリア・チャイルドのことはもっと知りたくなった。

◇「クロワッサン」の仕事でビューティージャーナリストの倉田真由美さんと対談する@白金のスタジオ。最近注目のブースターコスメがテーマ。

メーカー側としては、手持ちのスキンケアに「プラス一品」買い足させるためのニッチな分野、というところが本音では・・・・・・とは憶測するのだが、あれやこれやと駆使される華麗な宣伝用のコンセプトがとにかくおもしろい。コスメの効き目だって、ことばしだいで大きく変わるのである。

◇その後、「シャネル&ストラヴィンスキー」の試写@ジュンアシダ代官山本店。

久々に、こってり濃厚なヨーロッパ映画らしい映画を堪能した。映画を見たあと、頭と心をフル回転させたあまり心地よくぐったり・・・・・となったのは、久しぶりという気がする。

まずは冒頭に出てくる、1913年パリで初演のバレエリュスの再現シーンからして度肝を抜かれた。観客が騒然となってスキャンダルに、ということは本などでは読んでいたが、あれほどのものとは。80年代に「ブトー」をはじめて観たときのショックを思い出した。白塗りの裸同然のダンサーたちが、ブキミに震えたりとび跳ねたりする、アレである。彼らはもしかしたら「バレエリュス」の子孫だったのか。

映画は細部の巧みな積み重ねで、こちらの心をぐいぐい絡め取っていく。ストラヴィンスキーの描写がうまい。湯船からあがって腕立て伏せをし、生卵の黄身だけをぐいっと飲むシーンを見せる。それだけでなんだか「あ~、この男、きまじめにエロっぽい」という印象を無意識のうちに植えつけられるのだが、その延長上に、シャネルの誘惑に「待ってました」とばかりシャツを脱ぐシーンがくる。シャネルの大人すぎる無言の誘惑といい、それこそ「むせかえるような」濃密な成熟した大人のエロスが満ち満ちる。

シャネル&ストラヴィンスキーという、至高と前衛を追求するアーチスト同士の、恋愛というよりもむしろ、大人のエロティックな情交が同志愛的な絆に変わっていく過程に、酔いしれる。そのさなかに、ストラヴィンスキーは「春の祭典」を書き上げ、シャネルは「No.5」を完成させる。いちいち美しすぎるシャネルのファッションの数々、各部屋に趣向を凝らした別荘のゴージャスなインテリアも、眼福のきわみ。

台詞の少ない映画だが、だからこそ、台詞の印象も大きい。夫の心身がシャネルに向かっていることに気付いたストラヴィンスキーの妻が放つ台詞がいい(というか、こわい)。正確には覚えてないのだが、たしかこんなふうな台詞だった。

「朝起きたら、何かが腐っているにおいがするのよ。はじめは花かと思ったけど、違うの。私のにおいなの。愛されずに死人になっていく人間のにおい」

シャネルのアナ・ムグラリス、ストラヴィンスキーのマッツ・ミケルセン、その妻のエレーナ・モロゾヴァ、といった俳優陣が適役で、すばらしい。

明快な感動は、ない。むしろ豊饒なざわつきがあとあとまで残る。コドモ文化全盛の日本で、この複雑でシブいニュアンスがどれだけ受け入れられるのか、不明だが、大人文化の底力をさあ見よ! と叫びたくなった一本。

「カールじいさんの空飛ぶ家」。最愛の妻を亡くしたあとの「晩年」に、妻の夢をかなえるためのアドベンチャーに「家ごと」旅立つカールじいさんの物語。父とも母とも一緒に暮らしていないらしい孤独で饒舌な少年や、少年を慕う鳥、鳥を追う犬、犬をあやつる冒険家がからんでくる。

美しい夢幻的な映像、芸のこまかなギャグ&わかりやすいギャグのバランスのいい配合、さりげないのにツボをおさえた人物描写。堪能しました。アクション&アドベンチャーの底にそこはかとなく流れ続ける、「晩年」と「孤独」の哀切感が、余韻となってしばらく残る。

◇DVDで「カンナさん大成功です!」観る。全身整形美女を演じる山田優がなかなかよくて、目が釘づけ。「ブス時代」の癖が抜けないドタドタした走り方(の演技)とか、誇張したモデルポーズの決め方とか、いやみなくうまくて、気持ちよく笑える。笑いのセンスのある美女って最強だなあ。作品じたいは、「劇場版」とはいえテレビのスケールにおさまっていた感もぬぐえなかったが、ファッションのはじけっぷりとキャストの面白さで、とても楽しめた。

「社長」役の美女、きらりと個性的で印象に残る。誰だろう・・・と調べたら、なんと浅野ゆう子だった。ウィッグとメイクと演技でみごとに「化けて」いた。

風刺がたっぷり入った名言もちくりちくりとちりばめてあって、おかしい。

「(世の中には)美人エリアとブスエリアがある」

「美人は払わない。美人は謝らない。美人は話を聞かない・・・」

「女は、上から目線でケイベツしながら憧れる」

→これ、鋭いな、と感心。さんざん(ヤマダユウの)悪口を言いながら、彼女をマネして似ていく3人組のオバちゃんが、その「証し」として配されているあたり、うまい。女は美女を上から目線でバッシングしながら、彼女に憧れる。女性週刊誌なんて、そんなメンタリティでもっている。

◇1日付朝日新聞、またまた久保田智子。みのもんた評に、なるほど~。

「みのさんはカメラの前でもとても自然に見えた。私が言うとわざとらしい『楽しみですね』というせりふも、みのさんが言うと、『本当に楽しいのかも』と思わせる何かがあった。発する言葉に瞬間的に感情を込め、『今ここでしゃべっている自分だけは確かだ』という、説得力と自信を感じた。全身で喜怒哀楽を表わすみのさんの顔は、まるで歌舞伎の隈取りが浮かび上がっているかのようだった。しかも、カメラが回っていない時も変わらない」

『カメラの前で自然でいられる人だけが、テレビの世界に残れる』

この「自然」は、たいへんな努力の果てにいきつく「自然」なんだろうな、と憶測する。

早く来てほしいような、まだ来てほしくないような、この日がついに来てしまった。『20世紀少年 最終章 ぼくらの旗』初日。壮大で荒唐無稽な3部作がやっと完結した。

どこまでも先が読めない、驚きのエピソードが次々と展開して、2時間半、一瞬たりとも飽きさせない。おどろおどろしいSFに見えたものに、実は原初的でどろくさいからくりがあり、未来に起こるハチャメチャなことの根本的な原因が幼少期の記憶のなかにある、といった過去と未来のつながりを見せる編集がすばらしく、ここ数年で見た映画のなかではダントツにおもしろい。おもしろすぎる。

たとえば、ケンジとオッチョが協力してロボットを倒す場面で、幼少期の同じようなできごとの映像が重ねられるシーン。そうした過去と未来のつながりがドラマティックで、うそくささすれすれの話にヒューマンな厚みが出ている。

原作のマンガのラストでは今少し物足りないなと感じていた部分を、映画ではきめこまかくフォローして、新しい解釈を加え、物語をより濃密に、ふくらみのあるものにしている。観たあとに残るのは、驚き、哀しみ、興奮、やるせなさ、やさしさ、わけのわからないいろいろな感情が深いところでつながりあう、長い余韻。「ともだち」じゃないけど、「終わっちゃうの、いやだ~」状態である。

◇劇場で見るタイミングを逸していた「オーストラリア」をDVDで観る。

バズ・ラーマン監督、ニコール・キッドマンにヒュー・ジャックマン、というオーストラリア出身のゴールデントリオ、ロケは美しいオーストラリア、上映時間は3時間近く・・・・・・ときてこの薄さはなにごと?と驚いた。 あらゆる要素がこれでもかというぐらい詰まっているのに、というか、詰め込みすぎたゆえに、裏目に出たのか。てんこ盛りであっても、バズ・ラーマンなら、「ロミ+ジュリ」や「ムーランルージュ」で見せたB級チックなスピーディーな展開でまとめることはできたはずだと思うのだが、なにやら映画はカクカクさくさくとぎこちなく平板に進んでいって、上映時間の長さの意味がない。脚本に問題があったのかな。壮大な物語になるはずが、奥ゆきやふくらみを感じさせるニュアンスが欠けているため、マーケティングだけで当面の話題にはなるビジネス・自己啓発系のベストセラーみたいな印象になった。

とはいえ、ヒュー・ジャックマンが「ピープル」誌の「もっともセクシーな男2008」に選ばれたのは、この映画の効果だった。たしかに、ヒュー・ジャックマンの男くささ、やさしさ、いいところが全開。牛追いのシーンも迫力があり、見ごたえがある。

次回作では、「マーケティング」「話題性」みたいなことを狙わず、もっとバズ・ラーマンらしさを遠慮なく出し、かつ、少し丁寧に作ってほしいなあと願う(それが許される環境で仕事ができることを祈る)。

◇ママ友にして畏友サツキさんが「ビッグランチ」というか「ビッグディナーバーベキュー」を催してくれる。夕方から、北海道直送のサンマや、タイなどを炭火で焼きつつ、おいしいお酒を飲み、笑っておしゃべりして楽しい日曜の夜を過ごす。サツキさん、やさしく愉快なご近所の皆様、ありがとう!