19世紀末のイギリス社会は、帝国史観による輝かしい側面だけを追うならば、「大英帝国に日の沈むところなし」と呼ばれた、イギリス帝国主義が頂点に達した時代でした。
しかし、別の側面から見てみると、違う顔が見えてきます。急速な産業化や都市化、そして帝国の拡大と国際情勢の緊張によって、不安と閉塞感が高まっていた時代でもありました。当時の庶民層から知識人階級に至るまで、人々は決して平穏とは言えない時代の波に呑まれ、戦争の影や社会的不安定の渦中にありました。そのなかで「リバティ」は、美術・工芸・デザインという形式を用いて、文化的抵抗をおこなっていたのです。どのように??
まず、当時の「進歩」の影にどのような社会不安があったのか、列挙します。産業革命による大量生産と機械化により、職人たちは仕事を失い、地方の伝統的なライフスタイルは瓦解しました。一方、都市では、スラム化や劣悪な労働環境、貧困と格差の拡大が社会問題化します。
女性や弱者への抑圧もありました。女性の権利は制限され、コルセットや社会的束縛などにより、解放とはほど遠い状況でした。また、労働者階級やアイルランドなど周縁地域は、経済的にも文化的にも不安定な立場に置かれていました。
加えて、国際的緊張が高まっていました。帝国主義競争や植民地支配の拡大、列強間の摩擦などから絶えず戦火の足音が聞こえていました。時代全体に、近づく戦争や社会体制の崩壊への漠然とした不安が蔓延していました。
そのような時代の不安に、リバティは美と装飾を用いて対抗します。
〇工芸・デザインを通じて日常に美を届ける癒し
産業化や戦争の脅威で荒廃しがちな社会に対し、リバティはウィリアム・モリスと協働し、手仕事による美しいテキスタイルや家具、日用品を通じて人々の暮らしに心の安らぎや精神的余白を与えることを重視します。大量生産の冷たい均質さに対する、手仕事や工芸による「人の温もり」や「自然との調和」を称える行為であり、美の力で社会全体に癒しや連帯感をもたらす文化的活動です。
(とはいえ、購入できたのはある程度の経済的余力のある層のみで、そこにジレンマを感じたモリスはやがて社会運動に傾倒していきます)
〇服飾改革を通じて女性解放
リバティは束縛的なコルセットを否定し、自由で動きやすい「アート・ドレス」を提案。身体の自由を実現し、女性の社会進出や解放運動と結びつけました。デザインそのものが社会の抑圧に抵抗する「個人の自由」と「未来への希望」を体現していました。
(とはいえ、コルセットに対する強迫観念は強く、完全な開放は20世紀を待たねばなりません)
〇多文化主義の推進
リバティは日本・中国・中東のモチーフや、ケルト様式とアール・ヌーヴォーの融合を積極的に展開。「異国趣味」を超え、帝国主義や排他主義へ対抗する形で多文化主義的な価値観や想像力を広めました。「美しいものは国境や立場を越えて人を結びつける」という思想も込められています。
〇ソーシャルクラフト 弱者自立と連帯感の創出
地方工芸ワークショップ(アイルランドのカーペット生産など)を設け、貧困女性や労働者の雇用と誇りを生み出しました。デザイン活動を社会正義や人道支援へもつなげていたのです。
以上のようにリバティが中心となっておこなっていた工芸・デザイン運動は、不穏な時代において美・装飾・日常を通して静かで根源的なかたちで社会を変革しようとした運動でした。
国家や規範が個を圧迫する時代、リバティは装飾やデザインを通し、個人の尊厳と自由を訴えていたばかりではなく、閉塞した社会観に対しては、多様性の寛容と異文化への共感を装飾で体現したのです。
こうした運動は、戦火と不安の時代を背景にした、静かで創造的な文化的抵抗でした。この意味で、グローバル資本主義がもたらした分断と過剰消費、排外主義に抵抗する現在のローカルラグジュアリーの運動と同じ精神をもっています。
Photo: Liberty Department Store, London. By Luis Villa del Campo. CC BY-SA 2.0


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