ほんとうにどうでもよいことなのですが、私は名刺にもHPにもずいぶん前から「服飾史家」という肩書は一切、記していません。自分では名乗っていないのです。もともと、2000年に、連載を担当することになった日経新聞の記者に「漢字4文字で短くて便利だから」という理由で暫定的につけていいただいた肩書で、かくも長い間、流通することになるとは思ってもいませんでした。
でも、四半世紀経って、定着してしまった。もうそれで知られているからそれでいいですよね?という感じでいろいろなメディアでは使われている次第です。そこで抵抗するほどの大問題でもないので、私もそれでわかりやすければどうぞお使いください、と言っています。その程度の「肩書」です。
いかなる組織にも属していない人間にとって、その肩書が代名詞のようになっているのは、たいへんありがたいことではあります。すでに定着しているわかりやすい肩書が好都合、ということもよくわかってはいます。
一方、肩書の印象が作る壁や誤解で戸惑うことも時々あります。
一番多いのは、スタイリストさんと混同されること。「ファッションチェックしてください」といきなり言われることも多い。また、持ち物や着るものをまじまじ見られ「ファッショナブルであるべきなのになんだこれは」みたいに見られることもあります。きれいな人が活躍して当然と思われている領域だからか、ルッキズム、エイジズムがらみのコメントもいまだに途絶えません。
最近では、「あなたは服飾史家だからマフィア文化については知識が浅いよね」と言われたことが象徴的でした。服飾史=それ以外の分野の知識は浅い、服飾史そのものも表層的な分野、という固定観念がごくあたりまえに流通しているんですよね。服飾史の専門家だったらそれ以外のことは語るな、みたいな圧を受けることも、ときたまあります。世間はそういうものなのかと受け流していればいいんですが。
そういう違和感が積み重なるにつれ、自分からはこの肩書を名乗らなくなりました。でも他者さまから見てそのような表現がわかりやすいことは理解するので、あえて拒否はしていません。
服飾史は私の研究領域におけるごく一部です。もちろんこの領域での仕事も大好きで続けています。ただ、誤解を招くことなく仕事の全貌を理解していただくためには、とんでもなく圧倒的な質と量のアウトプットが必要だなと感じています。謹んで精進いたします。読者や視聴者のみなさま、ご協働くださる企業のみなさまのあたたかいご支援にはいつも心より感謝しています🌹


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