資生堂サロンにて開催された特別なセルジュ・ルタンスの会。登壇されたのは、ルタンスと40年以上にわたり協働してきたグラフィックデザイナーの天野幾雄さんでした。1980年代からの現場を知る当事者の言葉、そして蘇ったビジュアルの数々は、日本のラグジュアリー史そのものでした。

天野氏が示唆したのは、ルタンスが「流行を作る人」ではなかったということ。ルタンスは時代の先端に立つのではなく、時間を横断しながら世界を構築する「時の旅人」(!)でした。古い/新しいという軸ではなく、自身の内的必然を通して再構築されたイメージのみが世に出る。その態度が、結果として時代を超えて残る強度を生んだ……というのが天野さんから受け取ったメッセージ。

1980年以降の資生堂との協働の数々には圧倒されました。とりわけ1985年から1989年にかけて展開されたINOUIプロジェクトが、日本企業が国際市場で美意識を提示する上での転換点となったことに深く納得。

ルタンスは「円(Circle)」を資生堂の視覚的アイデンティティとして打ち出し、太陽であり、日本であり、地球でもある象徴を通じてブランドの普遍性を構築しました。これは企業の思想を形にする行為でした。実際、制作されたフィルムはカンヌで受賞し、国際的評価を獲得します。

天野さんによれば、ルタンスの制作姿勢は徹底しています。写真の構図では、目と手の表情を核に据える。モデルを過度に動かさず、静止の中に最大の緊張を宿らせる。装飾や衣装は職人とともに制作し、セットはスタジオ内で構築する。直線的なフォントもすべてルタンスの意を汲んだ天野さんが制作し、本に登場する全文字にこのフォントがあしらわれています。写真・装飾・文字設計に至るまで自ら統括する総合芸術的アプローチです。

東洋美と西洋技術の交差点に立ち、日本の静の美学とフランス的構築力をじっくりと融合させたルタンスの姿勢は、資生堂の国際戦略とも深く共鳴していました。そして「微妙の発見」のような、土屋耕一さんによる名コピーの数々…。

結果、CMを超えた、歴史に残る「アート」が生まれました。

効率と即時性が支配する現在において、ルタンスの仕事は問いを投げかけます。本当に価値あるものは、どれだけ時間と手間をかけられたかによって決まるのではないか、と。

手仕事と感性を基盤にした徹底的な統合美学。一企業の広告を超え、日本のラグジュアリーが世界に提示し得た、ひとつの完成形だったのかもしれません。

83歳にして姿勢を正して立ったまま、情熱的に90分の講演を続けた天野氏の若々しさにも感銘を受けました。

やはり聴衆の前で座ることのなかった80代のアルマーニをふと連想しました。美を追求し続けている人は、凛とした気迫があり、「老ける」ことがないのでしょう。

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